『なつぞら』から「女性と仕事」の今昔を考える 「小田部問題」の現代に通ずるテーマ性

茜のエピソードに見る東映動画の労働史

 ところで、『なつぞら』のなかでなつと坂場の結婚・出産の「伏線」になっているのが、なつと前後してアニメーターになり、ともにテレビまんが制作に携わる同僚の三村茜(渡辺麻友)と、大先輩のアニメーターである下山克己(川島明)の結婚と出産の顛末でしょう。

 すでに触れたことですが、なつになぞらえられる奥山は、東映動画の同期であり、のちに高畑勲が演出したテレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』(1974)のキャラクターデザインなどを手掛けた小田部羊一さんと結婚しています。したがって、ドラマではなつと、高畑を髣髴とさせる坂場を結婚させたのは、作品に関係者の史実と物語をずらすという意味で、なんとなく納得できるのですが、茜と下山の結婚という展開には驚かされたアニメファン(ジブリファン?)も多かったのではないでしょうか。というのも、一部で茜のモデルというふうにもいわれている実在のアニメーター・大田朱美さんの夫は、神地航也(染谷将太)が髣髴させるあの宮崎駿であり、実際、茜に一目惚れした神地が積極的にモーションをかけまくるという微笑ましい「前振り」(これも宮崎夫妻の史実通り)も頻繁に登場したので、てっきり茜は神地と結婚する流れだと思っていました。それが、大塚康生さんがモデルと思われる下山とくっつくという流れには、「どんなフェイント!?」と思ったのはぼくだけではない……はずです。

 それはともかく、茜は妊娠したものの、複雑な表情を浮かべます。というのも、第119回で産休を取るために社長室に挨拶に行った茜は、社長の山川周三郎(古屋隆太)から産休後に復帰したら、雇用は契約扱いになると申し渡されたのです(この正社員とは異なる「契約者」制度も、実際に東映動画には60年代初頭からありました)。山川は「そのほうが出勤時間はフリーになるし、あなたは仕事ができるんだから、頑張れば給料よりかえって高く取れるでしょう」と彼女を諭しますが、結局、彼女はショックでアニメーターを辞め会社を退職するのです。

 そしてすでに触れたように、なつも子どもを授かります。第120回でなつは出産と自分の仕事への思いを、下山と神地に打ち明けます。彼らは、仲努(井浦新)ら作画課の男性アニメーターたちにもなつをめぐる現状の不公平を訴えかけ、会社側にそんな規則は不当であり、今後の女性アニメーターたちのためにも、産休明けにも引き続きなつが正社員として勤務できるようにと、ともに団交に向かいます。なつらの訴えを聞いた山川社長は、困惑するもアニメーターたちの真摯な直訴となつの熱意を聞き、最終的には社員として継続雇用することを約束します。

『日本のアニメーションを築いた人々 新版』(著・叶精二 )

 じつは『なつぞら』のこの部分の展開には、よく似た史実が存在しています。アニメーション研究家の叶精二さんの著書『日本のアニメーションを築いた人々』(若草書房、増補新版が今月24日に刊行予定)などに詳しいのですが、女性社員は結婚後には退職すべき旨の書面に署名させられるなど、1960年代初頭の東映動画では、女性社員に対する就業上の不公平がまかり通っていました(これも『なつぞら』で茜の口から語られます)。東映動画はその後、ドラマではまだ描かれていない1972年に人員削減を行うのですが、その時点でもそのさいの指名解雇対象の選定条件には「有夫者」(既婚女性社員)が加えられていたのです。

 また、映画産業史の観点から東映動画の労働をめぐる企業体制の歴史的変遷をじつに詳細に研究している木村智哉さんは、ほかにも興味深い証言を紹介しています(「アニメ史研究原論」、『アニメ研究入門【応用編】』現代書館所収)。

 それは、1970年前後にアニメーターとして活動したのち、漫画家に転身、後年にスタジオジブリで高畑勲が監督した名作『おもひでぽろぽろ』(1988、アニメ版は1991)の原作者としても知られる刀根夕子の回想です。刀根によれば、当時、男性の動画マンにはのちに原画へとキャリアアップし、長くアニメ業界で働くことを前提とした先輩アニメーターによる修正指示があったそうです。ですが、女性への指導の場合は、結婚や出産によるキャリアコースからのドロップアウトの可能性があることを暗黙の前提として、男性と違い先輩自ら修正してしまう傾向があったというのです。

 ここにも、性差をめぐる労働条件の大きな格差が横たわっているといえます。つまり、当時のアニメ業界では女性であるというだけで、会社側からは勤続が想定されず、それゆえに、彼女たちはアニメーションの制作工程のうえで下流に位置づけられる動画やトレース・彩色などの分野に割り当てられ、そうした状況は固定化・自明化されていきます。なおかつ、それがまた、「細やかな手作業」や「ゆたかな色彩感覚」といったそれ自体固定的な「女性性」のイメージと結びつけられ、企業内、業界内での保守的なジェンダー認識が再生産され続ける……という循環構造が作られていくわけです。『なつぞら』でも、そうしたジェンダーイメージは(ある意味で史実の再現の物語なのだから仕方ないことですが)やはりはっきりと表れています。なつが最初に配属される彩色担当の仕上課は女性ばかり、他方で仲や下山らのいる作画課は男性ばかりであり、しかも作画課で最初に登場する女性アニメーターのマコさんは、そこではどちらかといえば「男性的」なイメージで演出されているのです。

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