『天気の子』から“人間性のゆくえ”を考える ポストヒューマン的世界観が意味するもの
帆高の選択の「人間性」
……しかし、最後に、ここで立ち止まってみたいのです。
その理由は、ほかでもない、『天気の子』の、あのラストの(賛否両論の)帆高の決意の意味について考えるためです。率直にいえば、ぼくもあのラストにいたる流れは、少々強引で、自己愛的ではないかと思いました。しかし他方で、あの選択は、ポストヒューマン的な表現やモティーフをあちこちで描いてきたこのアニメーションのなかで、最後、逆にいまの時代における人間性のありようについて、あらためて観客に問いかけたシーンだとも思うのです。
繰り返すように、ぼくたちの生きる現代世界は、AIから異常気象まで、ある種の「人間性」からラディカルに逸脱し、遠ざかっていくような事態がいたるところで起こっています。ですが思えば、そうしたポストヒューマン的でしかありえない事態が起これば起こるほど、その反動のようにして、ぼくたちがやはりどうしようもなく人間であり、また人間として社会や文化を組織し、維持していかざるをえないことも否応なく自覚的してしまいます。そしてまた、そうした自覚を求めてしまう状況がかつてなく広まっているともいえるでしょう。悩ましいのが、その場合、従来の人間的な倫理や道徳の根拠が疑われ出し、チャラになればなるほど、それらへの要求がいたるところで過剰に高まっているように見えることです。
たとえば、その典型的な例が、近年のハリウッド映画のあちこちで目にする、ポリティカル・コレクトネスの表現でしょう。そこでは、女性やアフリカ系、性的マイノリティなど、多種多様な存在を公正に描くことが絶えず配慮されるようになっていますが、ここには、ポストヒューマン時代だからこその、人間主義の要求とでも呼べるような文化的感性が広がっています。あらゆる存在に「人間」としての公共性を付与しなければいけない――そうした現代ハリウッド映画の自意識は、一例を挙げるならば、まさに「人間以外の事物」=おもちゃの「群像劇」である『トイ・ストーリー4』(2019)の物語にも端的に表れていました。というのも、ピクサーのスタッフたちは今回、本来は持ち主の子ども=人間を信頼し、彼らに従属するはずのモノ=ノンヒューマン・エージェンシーであるおもちゃに、その結末で、彼らから離れ、いかにも人間的な主体性・自立性に目覚めるという選択をさせたのですから。そこでは、おもちゃすら人間的な自立や社会性(のようなもの)を与えられる。これは、いかにも現代の北米的なリアルをわかりやすく反映した表現です。
急いでつけ加えておきますが、当然ながら、あらゆる人間(や存在)に社会的公正を約束するこうした今日的な配慮は、それ自体徹底的に擁護されるべきものです。それはいうまでもありません。しかし同時に、ポスト・トランプの現実に生きているぼくたちは、そうした「人間性」の擁護が、ややもすると別の隘路に入り込んでしまうこともよく知っています。
そう考えた時に、今回、『天気の子』で新海が描いた、あの「独りよがり」にも映る結末は、本当の意味でポレミカルなものとして、ぼくたちに迫ってくるのではないでしょうか。たとえば、『天気の子』で帆高が取る選択は、『トイ・ストーリー4』のような今日のハリウッド映画が描くものとは真逆のものでしょう(おそらく、あの結末に納得できない観客の理由の多くにはそれが関係しています)。詳しくは書くのは控えますが、そこで彼は、公共的な社会秩序や厚生(小説版の表現を借りれば「大勢のしあわせ」)よりもごくごく私的な、個人的な思い(感情)のほうを選ぶ。この帆高の決断(これをあえて「倫理」と呼んでもいいでしょう)は、昨今のハリウッドの描く公共的な人間主義に明らかに背をむけつつも、それでも、この現代において、きわめて「人間的」でありうることの可能性と限界を同時に示してもいると思います。この問題については、ぼく自身ももう少し考えてみたいと思っていますが、帆高(と新海)のいう「大丈夫」という言葉を、ひとまずはそのような複雑な含蓄をもって受け止めておきたい。
『天気の子』の「人間以後」は、同時に、ぼくたちが現代において、どこまで、あるいはいかにして「人間的」でありうるのかも問いかけているのです。
■渡邉大輔
批評家・映画史研究者。1982年生まれ。現在、跡見学園女子大学文学部専任講師。映画史研究の傍ら、映画から純文学、本格ミステリ、情報社会論まで幅広く論じる。著作に『イメージの進行形』(人文書院、2012年)など。Twitter
■公開情報
『天気の子』
全国公開中
原作・脚本・監督:新海誠
声の出演:醍醐虎汰朗 森七菜
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:田村篤
美術監督:滝口比呂志
音楽:RADWIMPS
製作:「天気の子」製作委員会
制作プロデュース:STORY inc.
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム
配給:東宝
(c)2019「天気の子」製作委員会
公式サイト:https://www.tenkinoko.com/