『火焔太鼓』『富久』『替り目』、宮藤官九郎が『いだてん』に仕掛けた“落語”を解説

『火焔太鼓』『富久』『替り目』、宮藤官九郎が『いだてん』に仕掛けた“落語”を解説

 NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリンピック噺(ばなし)~』の落語指導をしている古今亭菊之丞師匠が、SNSで発信している「#いだてん落語的楽しみかた」というハッシュタグ。物語の中で語られる落語を、詳しくない人にもわかるように物語と絡めて解説してくれるため、ドラマの楽しみ方がうんと広がる。落語の視点から『いだてん』に込められた新たなメッセージを受け取ることで、より一層登場人物たちや物語を愛することができるように思うのだ。

 『いだてん』では、落語は非常に重要な役割を担っている。ビートたけしが演じる五代目古今亭志ん生師匠と、若き日の志ん生・森山未來演じる美濃部孝三のふたりが語る架空の落語『オリンピック噺』にのせて物語は進行し、オリンピックの話と落語描写が絶妙に重なっていく。「(宮藤さんは)熟知しているからこそ、物語と落語をオーバーラップして描けるんです」と菊之丞師匠が公式サイトのインタビューで答えていたが、そのシンクロは見事で、さすが生粋の落語好き・宮藤官九郎が手がける脚本だ。かつて手がけた落語をモチーフとしたドラマ『タイガー&ドラゴン』(TBS系)でも、毎話古典落語をベースにしたストーリー展開で落語好きをうならせた。

 今回も、これまで1回『富久』、2回『付け馬』、4回『芝浜』、5回『鰍沢』、16回『文七元結』、24回『まんじゅうこわい』など多くの落語が登場してきた。そして7月13日に放送された第26回『替り目』は、はじめて落語の演目がタイトルについた回だった。

 『替り目』は、酔っ払いの亭主と女房の話だ。酔っ払って家へ帰ってきた亭主は、おかみさんに「寝なさい」と怒られるが、性懲りも無く「寝る前に一杯のみたい」とせがんでくる。さらに「酒の肴もないのか」とわがままばかりで、仕方なくおかみさんは近所へ買いに出かける。その後ろ姿に「ありがとうございます」と、亭主は感謝の気持ちを吐露する。しかし待ちきれなかった亭主は通りがかったうどん屋にお燗だけ付けさせ、気の毒に思ったおかみさんがうどん屋を呼び戻そうとする。「おい、うどん屋、あそこの家で呼んでるぜ」「あそこはいけません。ちょうど銚子の代わり目ですから」というのがオチだ。

 しかし、志ん生師匠はこの噺の後半はやらず、オチを途中の「夫の吐露」で終えた。女房がまだ家を出ていないのに気がつかず、「この飲んだくれの世話をしてくれるのはあの女房以外にいない。世の中に女房ほどありがたいものはいないねえ」と亭主がしみじみ感謝する独り言から「まだ行ってなかったのかい!」がオチ。「亭主関白で威張るけれども、実は心底おかみさんに惚れている亭主。ここでサゲる(落語用語で「オチ」という意味)ことで結果、夫婦のいい噺って印象が残った」と菊之丞師匠は言う。

 このシーンと、孝三が女房のおりん(夏帆)に対して「この飲んだくれを世話してくれるのは、三千世界広しといえでも、いやあかあちゃんしかいねえんだよ。世の中に女房ほどありがたいものはないねえ」と酔いながら子どもに向かって気持ちを吐露するシーンが重ねて描かれていた。そしておりんは答える、「あたしは寄席に出てほしいんですよ。それだけなんですよ」と。甘えからくる自分の情けなさを、ぐっと噛みしめるような孝三の表情からはなにかの「替り目」を感じざるを得なかった。人が大きく変わるきっかけというのは、小さな後悔と大きな感謝の積み重ねなのかもしれない。バクチや酒をこよなく愛した志ん生が、後に「落語の神様」となっていく根っこの部分が垣間見えた。

 全体として落語シーンが多い回ではなかったが、金栗四三(中村勘九郎)・田畑政治(阿部サダヲ)・美濃部孝三/古今亭志ん生、3人ともすこし情けないけれども愛らしい。そして、頼りない亭主を支える女房の存在が彼らを強く、“神様”へと近づけていく。(田畑政治のみこれから嫁をもらうため未知数だが)人生の替わり目というのは、積み重なった深い感謝の気持ちが引き金になるのかもしれない。第26回、熊本にいる兄、そして女房や義母へ深い感謝の気持ちで満たされた金栗四三の、新たな希望を持って熊本へ向かう清々しい表情は美しい。

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