86歳のRBGが現代のポップアイコンになった理由 ギンズバーグ夫妻に学ぶ、新しい時代の男女の姿

 「男らしく」という虚しい呪縛に、多くの男性はとらわれている。とはいえ、「男らしさについて構築された有害な概念や、ジェンダー間の不均衡の力関係や、男性から女性への暴力といった犠牲を生んでいることは否定できない」(*1)。こうした社会を変化させるため、男性はひとまず「男性性とは何か」について省みる必要があるだろう。映画『クレイジー・リッチ!』('18)で印象的だった、裕福な一家に生まれた女性アストリッドと、稼ぎの少ない元軍人の夫マイケルとの「格差婚」を想起してほしい。夫はつねに、圧倒的な富や名声を持つ妻に対して引け目を感じている。自分もビジネスで成功しようと努力してはみるものの、裕福な出自の妻からすれば雀の涙ほどの稼ぎを得るために四苦八苦しなければいけない状況に苛立ち、恥を感じる。かかる夫の劣等感を刺激しないよう、妻は高級ブランド品を買っても、自宅では夫の目につかない場所へそっと隠しておく。

 この夫婦にとって、夫の抱える男性性へのコンプレックスは非常に厄介なものである。夫が自分を「男らしい」と感じられないことが、夫婦間の不和の原因であるためだ。妻が高級腕時計をプレゼントした際に夫が見せる、苦悶の表情(俺はこれと同等のプレゼントを妻に贈ることなどできない!)。妻は夫のありのままを愛しているのだが、夫は忸怩たる内面を抱え苦悩している。ゆえに妻は、不倫関係へと逃げた弱き夫への最後通告として「あなたに『男らしさ』を感じてもらうのは私の仕事じゃない」(It was never my job to make you feel like a man)と口にせずにはいられない。もし彼がRBGの夫マーティンのように男性性の呪縛から自由であったら、格差婚など気にせず幸福に生きていたのかもしれない。男の沽券。何と虚しい言葉であろうか。しかしわれわれの社会はまだ、かかる男性性の空虚から自由になっていない。

『RBG 最強の85才』(c)Cable News Network. All rights reserved.

 この社会が大きく変化していることは疑いようがない。価値観がうねりをともなって変化するその最中にいるのだ、という実感があるし、映画や音楽などのポップ・カルチャーにも、たゆまず変化していくあらたな価値観が如実に反映されている。そうした変化の象徴がRBGであり、愛すべき夫マーティンであることは間違いないだろう。女性にとってRBGが手本となり、目標となることは言を俟たないが、男性はぜひ、男性性の呪縛から自由な夫マーティンの姿に新しい時代の男性のあるべき姿を感じてほしいと願う。アメリカ最高裁判所判事という、考えうる限り最高のキャリアを歩んだ妻に対して「原則として妻は僕に料理の助言はしない。僕も法律の助言はしない。これで互いにうまくいく」と笑顔で語れる男性が増えれば、きっと社会はより穏やかで慈愛に満ちた方向へと変化していくはずなのだ。

参考文献

(*1)レイチェル・ギーザ『ボーイズ 男の子はなぜ「男らしく」育つのか』(DU BOOKS)

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

■公開情報
『RBG 最強の85才』
全国公開中
監督・製作:ジュリー・コーエン、ベッツィ・ウェスト
出演:ルース・ベイダー・ギンズバーグ、ビル・クリントン、バラク・オバマ
2018/アメリカ/カラー/英語/98分
映倫:G
原題:RBG
後援:アメリカ大使館
(c)Cable News Network. All rights reserved.

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