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樹木希林の名言集がベストセラーに 演技と実生活に見る、異質なものを同居させる力量

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 昨年9月15日に妻の樹木希林が亡くなったのを追うごとく、約半年後の今年3月17日に夫の内田裕也も逝った。それぞれ芸能界で異彩を放ち、存在感が大きかった2人をふり返る報道が盛んに流された。樹木については死後、関連書籍が相次いで刊行され、なかでも過去のインタビューや対談から発言を抜粋した『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)は、ベストセラーとなっている。

『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)

 この名言集には、75歳でこの世を去るまで多くの作品に起用され、記憶に残る演技をみせてきた名女優らしい含蓄のある言葉が収録されている。「モノを持たない、買わないという生活は、いいですよ」と執着心のない心境にたどり着いたことを話し、「俯瞰で見ることを覚え、どんな仕事でもこれが出来れば、生き残れる」と芝居の心得を明かす。これらの発言からは、自分の欲望や感情に拘泥しない冷静さが感じられる。彼女が常識にとらわれない自由な感覚を持てるのは、その冷静さがバックボーンにあるからだろうと思わされる。

 しかし、もう一方では、内田家の墓を永代供養するために「結婚相手は長男はダメよ」と考えていたという。このため、娘・也哉子の夫・本木雅弘は、婿養子になったのだ。また、樹木は「世の中につながる結婚というのはダメになったときの責任も重大」ともいっていた。夫婦や親子の結びつきを家という単位で考え、世の中との関係でとらえる姿勢は、意外と古風である。

 同居するよりも遥かに長い時間を別居していた内田裕也との不思議な婚姻関係は、相手を縛らず、互いの自由を最大限に認める進歩的な態度にみえる。だが、同時に、どんなことがあってもとにかく家族の絆は維持しなければならないとする、保守的な考え方も感じられるのだ。一切をなりゆきに任せているようで決して譲らないところがある。進歩的なのか保守的なのかわからない。

 どう考えても、夫のほうが野放図だったはずである。だが、樹木は「妻という場所があるから、私自身も野放図にならないんです」と述懐し、「あのとき離婚しなくてよかったな」と内田がもらしたことを語るのだ。やはり、2人の関係は普通ではない。ロック界で有名な夫婦というと、妻が意図的に別居期間を設け、放蕩生活を送った夫が愚かさを自覚し戻ってくるようにしたジョン・レノン&オノ・ヨーコの例がある。その逸話には妻の計算がうかがわれたが、内田裕也&樹木希林の関係は計算の範囲に収まっていたようにはみえないし、ジョン&ヨーコ以上にロックンロールな夫婦だったのかもしれない。

 樹木希林は、映画『万引き家族』(2018年)など晩年の凄みのある演技で名女優という印象を残して去っていったけれど、もともとはコミカルなイメージで世間に知られるようになった人である。悠木千帆の芸名で活動を始めた彼女は、森繁久彌と共演した『七人の孫』(TBS系/1964年から放送)などを経て、1965年から放送された『時間ですよ』(TBS系)で注目度が高まった。堺正章などとのギャグのかけあいで人気ものとなった彼女は、『寺内貫太郎一家』(TBS系/1974年から放送)ではまだ30代はじめだったのにおばあちゃん役を演じた。息子役の小林亜星より歳下だったのに老けメイクをし、同時代のアイドルでスターだった沢田研二のポスターを見つめ「ジュリー!」と身悶える怪演で笑いを誘ったのだ。

      

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