『THE GUILTY/ギルティ』から考える「デスクトップ・ノワール」 変容する視覚と聴覚の関係とは

『THE GUILTY』から見る現代映画

『THE GUILTY/ギルティ』のYouTuber的画面

 では、その例を『THE GUILTY/ギルティ』で見てみよう。作中、後半でアスガーは一度だけ、あてがわれたデスクから離れ、奥の休憩室に移動するのだが、それ以外は全編を通じて、映画は完全に、仕事デスクに座ってデスクトップを見ながら電話で相手と対応するアスガーの姿のみをただ、えんえんと写すだけである。

『THE GUILTY/ギルティ』(c)2018 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

 それでも画面がまったく退屈にならないのは、ひとまず厚い肌にくっきりと皺の刻まれた、主演のセーダーグレンの岩石のような顔や手の表情を微細に捉えたクロースアップをはじめ、緩急自在に多角的な視点から小気味よくカットを割って見せていくジャスパー・スパニングのカメラワークがじつにみごとだからだ。

 とはいえ、それは、デスクに座る人物に視点がほぼ固定され、被写体となった人物が画面外の不可視の他者に対してえんえんと話し続けるという、この『THE GUILTY/ギルティ』の独特の画面は、他方で、さきほども述べた今日の映像メディア環境に浸ったわたしたちにとって、また別の連想が働くような、よく見慣れた光景でもあるからではないか? そう、『THE GUILTY/ギルティ』の画面は、昨今のYouTuber(あるいは、かつてのニコ生の生主?)のそれとよく似ているのである。

『THE GUILTY/ギルティ』(c)2018 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

 知られるとおり、彼らもまた、ウェブカムのついたデスクトップ画面に向かってたいがい上半身のみを写しつつ、えんえんと喋っているからだ。やはりさきほどの「リアルサウンドテック部」コラムで、現代の映画の画面がある種の「YouTuber化」=人物の顔のクロースアップの増加を蒙っていると記したが、奇しくも『THE GUILTY/ギルティ』もまた、まぎれもなく「顔の映画」かつ「デスクトップふうのサスペンス」であり、なおかつその意味で本作の画面もまた、多くのデスクトップ・ノワールと同じく、映画的なスクリーンというよりは、パソコンやスマホのインターフェイスこそを容易に連想しうるようなレイアウトを備えているのだ(余談ながら、この点でも、今日の日本のインディペンデント出身の若手の映画は、三宅唱の『THE COCKPIT』[2014]にせよ、山下敦弘と松江哲明の『映画 山田孝之3D』[2017]にせよ、同様の画面を示すものが多い)。

『THE GUILTY/ギルティ』とデスクトップ・ノワールのメタ物語的な画面

 さらに、『THE GUILTY/ギルティ』では、オープンイヤーステレオヘッドセットを装着した鑑賞イベントも行われたという。つまり、通常の音声は劇場のスピーカーから流れるが、劇中の電話の音声のみが観客のつけたヘッドセットから聞こえてくるという仕掛けで、まさに観客は作中のアスガーになったような疑似体験を味わいながら映画を鑑賞できるのである。

『THE GUILTY/ギルティ』(c)2018 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

 とはいえ、これも容易に想像できるように、こうした映画世界の疑似体験をより本格的に味わいたいのならば、のちに本作のソフトがリリースされた際、まさにアスガーが眺めているようなデスクトップのインターフェイスで映画を再生しつつ、イヤーフォーンやヘッドフォーン――もしくは先述のイベントのような特典機能がディスクについていれば、オープンイヤーステレオヘッドセット――をして鑑賞すればよいだろう。こうしたある種の「メタ物語的」な鑑賞行為(映画の作中人物と鑑賞者が相似形を描く枠組みにおさまることで、作中への円滑な没入を促す一方、逆説的にも、同時にその虚構性も浮き彫りになる二重化された鑑賞行為)において、『THE GUILTY/ギルティ』の画面は、限りなく「デスクトップ的なもの」に接近していくことになる。音=聴覚的要素の前景化という本作の趣向は、通常の映画的スクリーンと観客との距離感覚を失効させるこうした鑑賞体験において、最大の効果を発揮するはずだ。

『THE GUILTY/ギルティ』(c)2018 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

 そして、この点においてこそ、『THE GUILTY/ギルティ』はデスクトップ・ノワールの構造とも重なることになるのだ。というのも、いうまでもなく、『search/サーチ』にせよ『アンフレンデッド』にせよ、デスクトップ・ノワール作品にとっての最適化された鑑賞条件は、映画館の巨大なスクリーンではなく、むしろほかならぬ「自宅の(できれば)Macの画面で鑑賞するとき」だろうからだ。ここでもまた、デスクトップ・ノワールは、かつてのフェイクドキュメンタリーをメタ物語的(ゲーム的?)にアップデートしたような自らの特性を最大に発揮することになる。

 この意味で、『THE GUILTY/ギルティ』やデスクトップ・ノワールの作品群は、「スクリーン」に対するわたしたちのリアリティの変容を擬態的に表すコンテンツであるとともに、メディア研究者の光岡寿郎が述べるように、「映像文化が、それを支える複数の変数の関係性として理解され」(「序章」、東京大学出版会刊『スクリーン・スタディーズ』所収)ざるをえないという、今日の新しいスクリーンのとり結ぶ間メディア的でメタ物語的な属性を浮かびあがらせるものにもなっているのだ。

■渡邉大輔
批評家・映画史研究者。1982年生まれ。現在、跡見学園女子大学文学部専任講師。映画史研究の傍ら、映画から純文学、本格ミステリ、情報社会論まで幅広く論じる。著作に『イメージの進行形』(人文書院、2012年)など。Twitter

■公開情報
『THE GUILTY/ギルティ』
全国公開中
出演:ヤコブ・セーダーグレン、イェシカ・ディナウエ、ヨハン・オルセン、オマール・シャガウィー
脚本・監督:グスタフ・モーラー
製作:リナ・フリント
脚本:エミール・ナイガード・アルベルトセン
撮影監督:ジャスパー・スパニング
編集:カーラ・ルフェ
音楽:オスカー・スクライバーン
提供:ファントム・フィルム/カルチュア・パブリッシャーズ
配給:ファントム・フィルム
原題:The Guilty/2018年/デンマーク映画/スコープサイズ/88分
(c)2018 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

■公開情報
『アンフレンデッド:ダークウェブ』
新宿シネマカリテ、なんばパークスシネマほかにて公開中
監督・脚本:スティーブン・サスコ
プロデューサー:ジェイソン・ブラム、ティムール・ベクマンベトフ
出演:コリン・ウッデル、ベティ・ガブリエル、レベッカ・リッテンハウス、アンドリュー・リース、コナー・デル・リオ
ユニバーサル映画
配給:ミッドシップ
2018年/アメリカ/93分/原題:Unfriended: Dark Web
(c)2018 Universal Studios. All Rights Reserved.
公式サイト:dark-web.jp

■配信情報
Netflixオリジナル映画『バード・ボックス』
Netflixにて配信中
監督:スサンネ・ビア
脚本:エリック・ハイセラー
Netflix:https://www.netflix.com/title/80196789

■販売情報
『Search/サーチ』
ブルーレイ&DVD発売中
価格:4,743円+税(2枚組)
発売元・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
(c) 2018 Sony Pictures Worldwide Acquisitions Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:http://www.search-movie.jp/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「映画シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる