『ジュリアン』全員が救われうる選択肢はあったのか? DV問題の告発にとどまらない重層的な語り

『ジュリアン』全員が救われうる選択肢はあったのか? DV問題の告発にとどまらない重層的な語り

 まず、最後の彼女と恋人の行動が「家出」であることは間違いありません。

 書き置きと鍵を置いて出る直前、パーティーで、2人はCCRの1969年のヒット曲「プラウド・メアリー」を歌い喝采を浴びます。

「町でのいい仕事を辞めたんだ
 ボスのために昼夜問わず働いてた
 ろくに眠る時間もなく
 過ぎたことばかり気にしてた」

「あんたも川まで来れば
 きっとそこで暮らす人たちに会えるはず
 金がなくたって悩むことはないよ
 川の人たちは気前よく恵んでくれるさ」(※筆者訳)

 「プラウド・メアリー」からは、都会の暮らしを離れミシシッピ川を下る外輪船「プラウド・メアリー号」に乗り込む陽気な解放のイメージ、ハックルベリー・フィン的な南部アメリカの「冒険」「逃避行」のイメージが鮮烈に伝わってきます。それを歌うのがフランスの若者で、「自由で豊かな国・アメリカ」への憧れまでプラスされれば、なおのことです。

 18歳になり、親権に服さなくても良くなり、そして自らも親になる(かもしれない)ジョゼフィーヌは、家を出ることにした。その心情は、セリフで語られなくても、音楽が雄弁に語っています。

 父が凶行に及ぶ直前、ジョゼフィーヌは無事に親の許から逃げ出した。親権下に留まらざるを得ないが故に悲劇に巻き込まれたジュリアンと、そこを離れたが故に無事だったジョゼフィーヌ。子に害をなす親の支配からは逃げ出すべき、という話とも思えます。

 しかし、この映画がこの曲に託したイメージはもっと重層的です。

 「プラウド・メアリー」はもともとCCRの曲ですが、オリジナルよりも有名なのはアイク&ティナ・ターナーのデュエットによるカバーでしょう。この映画で歌われるのもこのバージョンです。ソロシンガーとしても高名なティナ・ターナーと、アイク・ターナーの夫婦によるデュオは、華やかに見えた活動中、実はずっとアイクがティナに暴力を振るっていたことがよく知られています。ティナは最終的にアイクの暴力を理由として離婚訴訟を提起し、2人は離婚しています。夫の妻に対するDVが主題の映画で、DVが原因で離婚したことで有名な夫婦の曲が、若い恋人たちによって歌われているのです。

 この背景を踏まえると、この曲は、今は愛しあっている2人の未来について何かを暗示しているようにも聞こえます。似合わないポニーテールを編んだ、いかにも生活力のなさそうなボーイフレンドの佇まいは、2人の今後に不安を抱かせるのに十分です。でも、2人の可能性は未来に向かって開かれており、必要以上に暗いイメージを読み取るのは不当でしょう。

 ここでイメージとして読み取るべきは、若い2人に過去の父と母が重なる、ということです。

 父アントワーヌは、映画の始まりから終わりまで酷いDV野郎で、いいところは1つもありません。母ミリアムがなぜあんな男と結婚し子どもを2人もうけたのか。それは映画の中では語られません。しかし、今は幸せなジョゼフィーヌとボーイフレンドの姿を見ると、かつての2人も、今の若い2人と同様に愛しあっていたのではないか、と思えてきます。その頃、アントワーヌだってきっとずっとマシな男だったのかもしれない。

 この映画は、アントワーヌを擁護も共感もしようのない男として描きます。でも、このような重層的な語りを通じて、アントワーヌという男がなぜこうなってしまったのか考えざるを得ないような方向に気が付けば観客を誘導していくのです。

 この映画は、フランスでは離婚後も父母双方が子に対する親権を持つ、いわゆる離婚後共同親権制度であることが前提になっています。問題のある父であっても、親権者だから、2週に1度は一緒に過ごさざるを得ない。

 アントワーヌの行動は、いわゆるストーカーそのものです。日本の警察の統計では、ストーカー加害者の半数以上は元配偶者もしくは交際相手であり、面識がない相手は1割にも満たない。別れたことに納得がいかず、「貸した金を返せ」「別れる理由を説明しろ」「無礼を詫びろ」等の自分の中では正当な理由を持ち出して相手との接触をはかるというのが、ストーカーに多く見られる行動パターンです。アントワーヌにとっての「自分の中では正当な理由」が、この映画ではジュリアンです。彼は実は、息子との面会交流には関心を持っていません。息子を通じて元妻に執着しているだけです。

 「共同親権」は元配偶者・現ストーカーにとっての体のいい口実になる危険性がある。それはその通りです。

 一方、日本は、離婚後は父母のどちらかのみが親権者となる、いわゆる離婚後単独親権です。この点はこの記事に詳しくまとめられています。

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