ハリウッドを揺るがすアジアンカルチャーの台頭とナラティブの変化 サンダンス映画祭現地レポート

サンダンス映画祭2019現地レポート

 今年のサンダンス映画祭のテーマは、「Risk Independence」。世界中から集まったフィルムメイカーたちは、できたての映画を持ってあらゆるリスクを冒して雪の覆われたユタ州パークシティまで辿り着く。彼らは、金銭的に、社会的に、そして政治的リスクを冒してまで物語を語ろうとしている。社会に疑問を呈し、映画を監督するという行為をもって、映画の終わりにひとつの視点を提示する。約35年前にサンダンス・インスティチュートを設立したロバート・レッドフォードは今年のラインナップを、「この社会は物語の語り部によって成り立っている。彼らの決断、彼らがとるリスクが我々の経験となる。今年の映画祭には、社会に挑戦し、疑問を抱き、それをエンターテインメントに昇華させた物語の語り部たちが揃う。物語を語る上で、彼らは真実を追求するという難しい決断を迫られる。そこに文化が生まれるのだ」と評した。フィルムメイカーと主催者のこの関係を、崇高と言わずになんと言おう?

 サンダンス映画祭は、およそ35年前にレッドフォードが当時住んでいたユタ州パークシティにて、映画作家を育成する組織を始めたのが起源。それからジム・ジャームッシュ、スティーヴン・ソダーバーグ、クエンティン・タランティーノ、コーエン兄弟、クリストファー・ノーラン、ダーレン・アロノフスキー、そして最近ではデイミアン・チャゼルやライアン・クーグラーといったアカデミー賞ノミネーションに名を連ねる監督たちを発掘し、育ててきた。スタジオなどの業界人も映画ファンも、新しい才能の青田買いを求めて1月の雪山にやってくる。今年のドラマ部門コンペティションの審査員にはデイミアン・チャゼルが就任し、サンダンスに発掘された映画人が次の世代を引き上げるために尽力している。

 こうした素晴らしい循環作用によって地位と名声を築いてきたサンダンス映画祭だが、今年のラインナップからはハリウッド及び映画文化を取り巻く環境の変化に敏感に反応し、新しいフェーズに入ったように見受けられた。具体的には、Inclusion(包容性)、そしてNarrative(語り口)の変化だ。それは、今年のアカデミー賞候補作にもすでに現れていて、スペイン語とメキシコの少数言語によって全編が語られるアルフォンソ・キュアロン監督の極個人的な物語『ROMA/ローマ』が最多10部門にノミネートされていることからも顕著だ。

 今年のサンダンス映画祭の映画上映本数は、応募総数14259本の中から選ばれた長編121本、短編73本。そのうち、女性(を含む)監督作品は全体の53%、そして有色人種監督による作品は41%、18%の作品がLGBTQ IA+(余談だが、最近はLGBTQに当てはまらない性的趣向を含むIA+をつけるのが一般的)という統計がある。映画祭を取材するプレスに対しても、今年からInclusion Initiative(包括構想、平たく言うともっと多くの人を仲間に入れましょうよという計画)が導入され、幅広い人種や言語、性的趣向を持つプレスに対して優遇措置を取っている。サンダンスの哲学は、今年から新しくプログラム・ディレクターに就任した日系人のキム・ユタニにも引き継がれ、素晴らしく包括性に満ちたセレクションが行われた。最終日に行われた受賞セレモニーで発表された受賞結果にもその傾向が見られた。

『Clemency』Courtesy of Sundance Institute | photo by Eric Branco
『Brittany Runs a Marathon』Courtesy of Sundance Institute | photo by Jon Pack
『Knock Down The House』Courtesy of Sundance Institute | photo by Rachel Lears
『One Child Nation』Courtesy of Sundance Institute | photo by Nanfu Wang
『American Factory』Courtesy of Sundance Institute | photo by Ian Cook
『ウィーアーリトルゾンビーズ』Courtesy of Sundance Institute
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『Clemency』Courtesy of Sundance Institute | photo by Eric Branco
『Brittany Runs a Marathon』Courtesy of Sundance Institute | photo by Jon Pack
『Knock Down The House』Courtesy of Sundance Institute | photo by Rachel Lears
『One Child Nation』Courtesy of Sundance Institute | photo by Nanfu Wang
『American Factory』Courtesy of Sundance Institute | photo by Ian Cook
『ウィーアーリトルゾンビーズ』Courtesy of Sundance Institute
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 USドラマ部門コンペティションの審査員グランプリは、死刑制度を執り行う刑務所長の心理的な変化を描いた『Clemency』、同部門観客賞は、自堕落なブリトニーが、NYマラソンを走るまでをコメディで描いた『Brittany Runs a Marathon』。主人公のブリトニーは白人だが、親友はアジア人、恋の予感を感じる相手もインド系というNYらしい設定で、上映されるとすぐにAmazon Studioが1400万ドル(約14億円)で配給権を手にいれた。USドキュメンタリー部門では、昨年の中間選挙で最年少初当選を果たしたプエルトリコ系移民アレキサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員ら4人の女性候補者のドキュメンタリー『Knock Down The House』(レイチェル・リアース監督)が観客賞を受賞した。今作はNetflix躍進のきっかけでもあるドキュメンタリー作品の拡充のために破格の1000万ドル(約10億円)で世界配給権を取得している。同部門審査員グランプリに輝いた『One Child Nation』(ナンフー・ワン、ジアリン・ジャン監督、Amazon Studioが配給権取得)は、中国の“一人っ子政策”施行時代に作られた家族の姿を追った作品。そして監督賞には、GM破綻後のオハイオ州に車のフロントガラス市場で世界第3位を誇る中国企業が工場を建設し起きる文化摩擦を描いた『American Factory』(スティーブン・ボグナー、ジュリア・レイシャート監督)が選ばれた。今作もまた、Netflixが3億円で権利を取得している。そのほか、日本から出品された唯一の作品『ウィーアーリトルゾンビーズ』(長久允監督)が、ワールドシネマ・ドラマティックコンペティション部門審査員特別賞オリジナリティ賞を受賞している。

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