ハリウッドを揺るがすアジアンカルチャーの台頭とナラティブの変化 サンダンス映画祭現地レポート

サンダンス映画祭2019現地レポート

 この受賞結果は、米映画情報サイトIndieWireが実施した参加ジャーナリストへのアンケートと一致しなかったとの記事がある。(参考:IndieWire|Critics Survey: Sundance 2019’s Best Movies According to 102 Film Journalists

『Apollo 11』Courtesy of Sundance Institute | photo by Neon CNN Films

 IndieWireのアンケートでは、中国系アメリカ人のルル・ワン監督の『The Farewell』が作品賞、監督賞、脚本賞に選ばれ、ベスト・ドキュメンタリーにはアポロ11号の秘蔵映像を70mm映像で見せた『Apollo 11』(トッド・ダグラス・ミラー監督)が選ばれている。『The Farewell』は、アメリカに暮らすほぼアメリカ人の中国人ビリー(『クレイジー・リッチ!』のオークワフィナが好演)ら家族が、中国に暮らす祖母の末期ガンを知り、家族集合する物語。ルル・ワンの身に実際に起きた出来事が原案となり、ほぼ全編中国ロケ、中国語で描かれる家族の物語は、笑いと涙が同時に訪れるような素晴らしい作品だった。マーケットでも各社争奪戦が繰り広げられたそうで、ルル・ワン監督が出席したシンポジウムで語ったところによると、「配信事業者からは家が数軒買えるようなオファーをいただいたけれど、劇場で観客のみなさんの顔を見て語り合う体験をしたかった」という理由で、A24が700万ドル(約7億円)で配給権を獲得した。

『Late Night』Courtesy of Sundance Institute | photo by Emily Aragones
『Blinded by the Light』Courtesy of Sundance Institute | photo by Nick Wall
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『Late Night』Courtesy of Sundance Institute | photo by Emily Aragones
『Blinded by the Light』Courtesy of Sundance Institute | photo by Nick Wall
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 上記で例に出したように、『Brittany Runs a Marathon』、『Knock Down The House』、『The Farewell』の他にも、サンダンスで上映され話題になった作品は次々と配給がついていった。その中でも高額取引されたのは、インド系のミンディ・カリング(『オーシャンズ11』)が脚本・主演し、同じくインド系の女性が監督した『Late Night』(Amazon Studioが1300万ドルで購入)、『ベッカムに恋して』のグリンダ・チャーダ監督(ケニヤ生まれのインド系英国人)と脚本家のポール・マエダ・バージェス(日系アメリカ人)カップルによる新作『Blinded by the Light』(New Lineが1500万ドルで購入)は、パキスタン系英国移民の子供たちがブルース・スプリングスティーンの音楽に勇気付けられる物語だ。そして『The Farewell』や『American Factory』『One Child Nation』といった中国をテーマにした作品にも次々と配給がついた。

 Netflixのように世界マーケットを狙った配信事業者が中国やインドの作品に触手を伸ばすのは市場拡大の目的がわかりやすいが、Amazon StudioやNew Line、A24はアメリカ国内劇場配給権(一部世界配給権を取得している取引もある)を取得しているもので、昨年の『クレイジー・リッチ!』の快挙は、ハリウッドに大きな影響をもたらしたと読み取ることができる。特に、今年顕著だったアメリカで活路を見出す中国人クリエイターの躍進は、今後の世界映画地図を塗り替えていくことになるだろう。社会主義国家で表現の自由を狭められていた彼らは、まさに今年のテーマ「Risk Independence」を体現するためにアメリカで表現活動することを選んだのだ。

『The Report』Courtesy of Sundance Institute | photo by Atsushi Nishijima
『Honey Boy』Courtesy of Sundance Institute | photo by Natasha Braier
『Official Secrets』Courtesy of Sundance Institute
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『The Report』Courtesy of Sundance Institute | photo by Atsushi Nishijima
『Honey Boy』Courtesy of Sundance Institute | photo by Natasha Braier
『Official Secrets』Courtesy of Sundance Institute
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 アジア系以外の作品でも力強い映画が集まった。『The Report』(Amazon Studioが1400万ドルで購入)でのイラク兵拷問捜査の真偽を追った特別調査官(アダム・ドライバー)とファインスタイン上院議員(アネット・ベニング)の迫真の演技は早くも2020年のオスカー候補と言われている。俳優のシャイア・ラブーフが自身の子供時代の体験を脚本に起こした『Honey Boy』(Amazon Studioが500万ドルで購入)、イギリスの政府通信本部で働く諜報員が国家機密をリークした「キャサリン・ガン事件」をキーラ・ナイトレイ主演で映画化した『Official Secrets』(IFC Films が200万ドルで購入)などのドラマ作品は、どれもリスクをとることを恐れず自身の信条を貫く主人公たちが描かれている。

『Untouchable』Courtesy of Sundance Institute | Barbara Alper/Getty Images
『The Brink』Courtesy of Sundance Institute.the brink
『Leaving Neverland』Courtesy of Sundance Institute
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『Untouchable』Courtesy of Sundance Institute | Barbara Alper/Getty Images
『The Brink』Courtesy of Sundance Institute.the brink
『Leaving Neverland』Courtesy of Sundance Institute
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 一方、サンダンスが得意とするドキュメンタリー部門では話題作が多く上映された。映画業界の暗部をえぐるようなハーヴェイ・ワインスタインの“#MeToo”事件を証言する『Untouchable』、かつて(といってもわずか1年前だが)トランプ政権の首席戦略官兼上級顧問を務めていたスティーブ・バノンの新しい牙城を追った『The Brink』(Magnolia Pictures)、マイケル・ジャクソンの幼児虐待疑惑を4時間超のドキュメンタリーにした『Leaving Neverland』(HBO)など、内容も作品の出来も物議をかもすような作品が多かった。

 惜しむらくは、日本から参加した作品がわずか1本だったということ。ありとあらゆる問題が噴出する現代日本には、ドキュメンタリーにしてもフィクションにしても、映画の題材がごろごろ転がっているというのに……。

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。3年間のみなし外交官生活を経て、映画業界に復帰。

※メイン写真:『The Farewell』Courtesy of Sundance Institute

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