菊地成孔の『アリー/ スター誕生』評:完璧さのインフレーション

菊地成孔の『アリー/ スター誕生』評

クーパー!!!!

 ガガ論を打つ前に、讃えるべき物を讃えるべきだろう。試写室が暗くなった瞬間までは「<アリー>は要らないんじゃ?(「アニー」じゃないんだから)そして、ブラッドリー・クーパーは、髭さえ伸ばせばバーブラ版の主演、クリス・クリストファーソンに似るから、だけなのでは、、、、ぐらいに思っていた筆者を吹き飛ばしたのは、言うまでもなく奇跡のブラッドリー・クーパーで、えええええええー? この人、こんな人だっのおー!!! と、驚いているうちに2時間ちょっと経ってしまった。と言うのは大袈裟ではない。

 風貌やオーラは言うまでもなく、歌唱力も、そして驚くべきはギターの腕まで、ミュージシャン上がり、あるいは、個人的に熱狂的なロックファン、など、掃いて捨てるほどいるであろう、「ハリウッド俳優の音楽ファン玄人はだし」の領域を遙かに超えている。「オレ、<ハングオーバー!>のシリーズ除けば、俳優としてより、ロックミュージシャンとしてのお前のがよっぽど好きだよ!!」というぐらいのレベルである。

 いかにも合衆国の田舎の人々が好きそうな、どっかで聴いたことがある様な、つまり安心出来る、オスカー受賞も全く夢でないどころか、大本命であろう主題歌(とはいえ、バーブラ版でバーブラが作った、「エヴァーグリーン」よりも遥かに良い曲)よりも、映画の掴みに演奏され、その圧倒のインパクトが最後まで残るほどの名曲「ブラック・アイズ」が、なんとブラッドリー・クーパー作詞/作曲なのである(しかも、音質も凄い。筆者は仕事の都合で、続けざまに『ボヘミアン・ラプソディ』を、利き酒のように見比べることになったが、あの完璧な「ライブエイド再現」のクライマックスの、スタジアムライブ感が、ペナペナに聴こえるほどの重厚な低音と分離。私的な記憶では、映画で聴けるロック音楽のヘヴィー感、ディストーション感の極点を突いており、オスカーはひょっとしたら、録音賞や整音賞さえ惜しまないかもしれない)。

 開始早々、いきなり「おいクーパー!!!!」と思っていたら、なんと監督までやっているではないか(唖然)。本来なら、この事実のヴァリューだけで本作は引っ張れる。しかし、自滅するジャックの独り舞台では、この定番物語は成立しない。主役はがっぷり四つのアニーが必要だ。そこでレディー・ガガである。

ガガインフレ再び

 とにかく全身全霊をかけて事に当たる事を旨とするガガは、もう楽勝で体当たりオールヌードになったりするのだが、やっぱPG付けたくないから乳首は見えないし、ヒップの割れ目も見えないし(見たいとも全く思わない。ここに問題がある)、というか、繰り返しになるが、この映画の「体当たりのセックスシーン」なんかより、遥かにエロい表現を、とっくにガガはやっているし、それはシリアス部門、歌唱力部門でも全く同じで、ガガの感動的なステージは、音楽が与える純粋な音楽的感動を超えた余剰に溢れた、ある意味で「感動させすぎなほどの感動」を、何度も見せてきて、同じ上限をぐるぐる回るという、ある種の煉獄の中にいて、ひょっとしたら、本作の主演は、そこからの必死の脱出口だったのではないか? と推察するに難くない。しかし、残念ながら、脱出口にはならなかった、と筆者は見る。いつもながら完璧な歌と演技(ガガの音楽はリアルサイドでもガジェットサイドでも、常に演技的であり、一種の劇場型人格の、最も安心できる立場にいる)とても「ガガ新境地」には見えない、楽勝に見えてしまうからだ。

では誰が?

 兎にも角にも、ブラッドリー・クーパーのロックミュージシャンぶりは、予備知識(筆者はやらないので未知だが、Twitterだのインスタグラムだので、彼が半ばロックミュージシャンである事をファンは知っているとか)がなければないほど我々を吹き飛ばす。骨太で硬派、というのはクリシェだが、ジョニー・デップが名だたる古参のロックミュージシャンと一緒に、楽しくバンドを組んでいる。というようなステージとは全く違う。

 3度目のリメイクは、換骨奪胎もひねりも何もない、古典に忠実な造りにして、ひょっとして最高傑作かもしれない強度と力感に満ちている。映画としては本当に素晴らしいし、何の文句も無いが、レディー・ガガという存在の禍々しさは、全然ミスキャストじゃない、もう彼女しかいない。という選択肢を誰もが掴んでしまうまでに及んでいる。デカすぎて映画に出ないと言われる(本人役以外2本しか出ていないし、まったく話題になっていない)テイラー・スウィフト(178)でも、185あるブラッドリーならギリいけたかなと思うも唇寒し、マイリー(・サイラス)とかケイティ(・ペリー)とかセレーナ(・ゴメス)とかいう話じゃないし、何かもうガガの主演は自動的に決まっているかのようでさえあるのである。

 しつこいようだが、ガガに罪はない。むしろ罪を犯して欲しいほどだ。誰もが、あのTIME誌までも、なんのためらいも曇りもなく、ガガの映画主演を賞賛する。本作の上限が、既知の頂点で切られている・・・・・・・・・・・・ことも知らずに。本作の最も幸福な観客は、レディー・ガガの活動を知らないか、大雑把にしか知らない者であろう。

(文=菊地成孔)

■公開情報
『アリー/ スター誕生』
全国公開中
監督・製作:ブラッドリー・クーパー
出演:レディー・ガガ、ブラッドリー・クーパー
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/starisborn/

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