『ヘレディタリー/継承』音楽がもたらすエレガンス ポピュラーミュージックと映画音楽は更に接近
2010年代はポピュラー・ミュージックと映画音楽がより近づいたディケイドとも言われているが、たしかに普段はポピュラー・ミュージック・フィールドで活躍しているミュージシャンが映画のスコアを手がけることも珍しくなくなったし、そこから「映画音楽家」と呼べる作家も現れ続けている。
典型的なのはレディオヘッドのギタリスト/マルチ・プレイヤーであり作曲家のジョニー・グリーンウッドで、ポール・トーマス・アンダーソンの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)以来、着実に作品を重ねてきた。あるいは『ソーシャル・ネットワーク』(10)での仕事が話題となったナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーとアッティカス・ロスの活躍も、それまでのいわゆる「劇伴」でないタッチの音楽が求められ始めたことを示しているだろう。『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(13)、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(16)の音楽を担当したミカチュウことミカ・レヴィや、『グッド・タイム』(17)のワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、あるいは日本映画では独自のノイズやアンビエントを探求するジム・オルークの活躍のように、先鋭的な音楽それ自体が映画の重要な部分を担うものも少なくない。2018年(日本公開作)でもまた、そうしたクラシックな映画音楽の範疇をはみ出すポピュラー・ミュージック畑出身のミュージシャンの活躍が見られた。
その筆頭に挙がるのはやはり、ポール・トーマス・アンダーソン『ファントム・スレッド』とリン・ラムジー『ビューティフル・デイ』という2作で、しかもまったく違う作風を見せたジョニー・グリ―ンウッドだろう。なかば大仰なほど華麗なストリングスで荘厳に聴かせた『ファントム・スレッド』、エレクトロニカやノイズ、テクノやミニマルといった多ジャンルの音楽を繊細かつ大胆に混ぜ合わせた『ビューティフル・デイ』。前者はPTA監督初となるゴシック・ロマンス、さらにはオートクチュール界の優雅なイメージに合わせたものだろうが、ただクラシックなだけでなくアンビエントやコンテンポラリー・ミュージックの要素が入っている点で彼らしさが発揮されている。それはPTA作品の変わらぬ現代性を支えていると言っていいだろう。いっぽう後者では彼の実験精神が顕著に発揮されているが、それは映画での使われ方とも連動することとなった。実際に映画を観ると映画のなかの環境音なのか、スコアのノイズか判断しかねる箇所が多々発生するのだが、これは明らかに意図的なものだろう。汚れた街で生きる孤独な人間を描いた同作の、「軋み」のようなものが音によって表現されているのだ。どちらの作品においても、グリーンウッドの音楽が映画の主題やモチーフと分かちがたく結びついているのは間違いない。