「閉じこめられた女性」を描き続けるソフィア・コッポラ 『The Beguiled ビガイルド』に見る変化

ソフィア・コッポラ『ビガイルド』に見る変化

セックスを超えた人と人のつながり

 多くの映画祭で賞を総ナメし、2004年度のアカデミー賞では脚本賞を受賞して、ソフィア・コッポラ監督を一流監督の仲間入りにした『ロスト・イン・トランスレーション』(2004年)。本作でも若い女性シャーロットとハリウッドの中年俳優ボブがTOKYOという異国の街に“閉じこめられて”います。シャーロットは名門大学を卒業して2年経ちますが、文筆家なりたいと思うもののなにをしているわけでもありません。セレブ写真家の夫と一緒に来日中ですが、目新しいはずのTOKYOの風景にも、夫に対してさえも、空しさを感じる毎日。

 かたや、ボブのほうは結婚25年目。結婚にも仕事にも倦怠期を迎えて、CM撮影のために日本にやってきました。2人ともパートナーと心を通わせることができず、自分が何者かもわからなくなっているアイデンティティ・クライシスの真っ最中。

 タイトルの『ロスト・イン・トランスレーション』は、ある言語が別の言語へ翻訳される過程において失われてしまった本来の意味を指しますが、この映画では言語化できない“孤独な感情”のメタファーでもあります。映画全編にわたり、感情あふれる直接的なコミュニケーションを交わすのはシャーロットとボブのみ。だから、孤独を共有する2人は強く惹かれ合っていきます。ほかの人との会話はそのほとんどがファックス、電話、通訳といった媒体を通しており、シャーロットと夫のやりとりにでさえ心や感情が欠落しています。

 一見、シャーロットとボブの関係はロマンティックに見えますが、彼らは恋に落ちているというよりは、お互いに自分自身を見い出しているよう。シャーロットはボブに、ボブはシャーロットに自分自身を見ることで、自分がもつ孤独や虚無感に向き合い、それらを手放すことを学びます。だからこそ、シャーロットとボブは性的に結ばれなかったのでしょう。

 2010年度のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『SOMEWHERE』(2010年)もセックスを超えた父と娘のつながりを描いた物語。主人公であるハリウッド・スターのジョニー・マルコは女性を性的対象物としてしか見ることができず、それゆえに周囲と人間らしい関係を築くことができません。

 例えば、ジョニーが退屈しのぎに2人のストリッパーをホテルの部屋に呼び、ポールダンスを鑑賞するシーン。2人のブロンドヘアの女性は瓜二つで、ジョニーには区別がつきません。ここに、ジョニーが女性をひとりの人間としてではなく、“若い、美しい、健康、エロティック”といった性的対象化していることが顕著に表れます。とはいえ、ジョニーは離婚した妻と一緒に住んでいる11歳の娘クレオと一緒に時を過ごすことによって、女性を“生きている”人間として見るように成長していきます。

“見られる”側に回った男たち

 しかしジョニー自身もまたハリウッドスターというフィルターを通して“見られ”ます。ジョニーの行く先々で彼を誘惑する女性たちは、彼の人間性を無視して性的対象化する。これを敏感に感じ取ったジョニーは疎外感に悩まされ、誰とも心を共有することができない……。本作では、男性もまた性的対象化される存在であることを浮き彫りにしたところが『ヴァージン・スーサイズ』や『マリー・アントワネット』にはなかった視点でしょう。

 続く『ブリングリング』(2013年)でも男性が“見られる”側に。本作はカリフォルニアに住む5人の少年少女がセレブ宅で窃盗を繰り返す実際に起こった事件を映画化したもの。登場する4人の少女と1人の少年は中流家庭の高校生で、お金に困り盗みをするわけではありません。学校で、そしてSNSで“見られる”ためにセレブの持ち物を盗みFacebookに投稿します。

 強盗団の唯一の少年マークは少女たちと性的な関係を結ばず、彼のセクシュアリティは明確に語られてはいませんが、彼は少女たちを“見る”側ではなく、彼女たちと一緒に“見られる”側を選びます。SNS世代を映し出したこの物語では少年少女が性別の関係なしに、“見られる”ことによって自己を解放していく様子が鮮明。SNSが人間の他者承認欲求や自己顕示欲をますます強くさせ、セクシュアリティやジェンダーが現代では流動的に変化していることに言及しているのです。

 結局5人の少年少女は逮捕されるのですが、「Facebookの友達申請が800人も来た」と嬉々として語り、やっと本物のセレブの仲間入りを果たした(と思い込んでいる)彼らにとってはハッピーエンドとも言えるこの結末から、ソフィア・コッポラ監督はなにを伝えたかったのかーー。監督自身もまたセレブの一員として、セレブが人間として見られず、モノとして表層化されてしまったことに問題提起しているのかもしれません。

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