永野芽郁と佐藤健が見つけた幸せの形 『半分、青い。』第1話から最終話まで描かれた“青空”を読む
雨が降る学校の玄関で、傘を持っていない鈴愛(永野芽郁)が雨が止むのを待つ。そこに、律(佐藤健)が「ほい」と傘を渡し、自分はカバンを頭に乗っけて去っていく。
4月2日にスタートした『半分、青い。』(NHK総合)は高校生の2人をプロローグに、鈴愛と律による“胎児ナレーション”という、朝ドラの概念を根底から覆すような演出や怒涛の展開に、“朝ドラらしくない朝ドラ”という声を受け、そのまま半年間を疾走し続けた。最終週「幸せになりたい!」で描かれたのは、2011年3月11日以降、東日本大震災が起きた後の世界。仙台の海が見える病院に勤めていた看護師の裕子(清野菜名)の死を、鈴愛をはじめとした皆が乗り越えていく。
『半分、青い。』は、絶望と希望を描いたドラマだった。人生とは眩しい光ばかりだけでなく、その裏には醜く、誰にも見せたくない影もある。鈴愛が漫画家という夢に奮闘する「東京・胸騒ぎ編」(第7週~第14週)では制作の裏にある苦悩を、「人生・怒涛編」(第15週~第18週)では託した夢、愛が憎悪に変わる瞬間が描かれた。そして、廉子(風吹ジュン)、仙吉(中村雅俊)、和子(原田知世)、裕子と一貫して描き続けられてきたのが人の死だ。人は誰でも大事な人の死にいつか直面する。身構えていても、それは突然とやってくるものだ。和子を亡くした弥一(谷原章介)は「いつまでたっても悲しい。悲しみを乗り越えたわけではなくて、悲しみとともに生きている」「死んでしまった人たちがいなくなったわけやない。ここにおる」と鈴愛に話した。今となれば、廉子によるナレーションがずっと一緒に物語とあったのも、思いは残りここに居続けるということを、そっと示していたのかもしれない。
「生と死の狭間に生きている」。少しずつ言葉は違えど、この考え方は町医者の貴美香(余貴美子)、生前に裕子が鈴愛に伝えた言葉と、たくさんの生死を見届けてきた2人の間でリンクしている。そして、裕子は1つの夢を、親友を超えた特別な存在の鈴愛に託した。「鈴愛生きろ! 私の分まで生きてくれ! そして、何かを成し遂げてくれ!」。ボクテ(志尊淳)を含め、3人で切磋琢磨した秋風塾、涼次(間宮祥太朗)に託した叶えられなかった夢。秋風が鈴愛と律に書いた手紙には「どんなにひどい今日からだって、夢見ることはできます」とあるが、鈴愛が律とともに立ち上げた「スパロウリズム」、そよ風ファン改め「マザー」はみんなの夢だ。裕子が大好きでいつも歌っていた「ユー・メイ・ドリーム」というタイトルにも、思いの塊のように彼女の思いが生きている。