全ての人が心震える怒涛のラスト 『泣き虫しょったんの奇跡』は“夢を見続けること”を肯定する
印象的な場面がある。幼い瀬川と幼なじみの将棋仲間・悠野(野田洋次郎)は、イッセー尾形演じる恩師である将棋クラブの席主・工藤と共に、中学生名人戦を終えた後、電車に乗っている。奨励会を受けるためにはプロ棋士に師匠になってもらわなければならないため、将棋クラブを出ることになる瀬川たちを工藤はもう教えることができない。「お前たちが決勝で戦う夢を見た」と言って名人戦に臨む彼らを鼓舞した工藤は、「いい夢、見させてもらったよ」と言って電車を降りる。「俺もプロ棋士目指したかった、でも将棋を覚えるのが遅すぎた」という本音を吐露して。通過しようとする電車の窓越しの、「がんばれや」と叫ぶ工藤の一瞬の切実な表情は彼らの心に何を残したのだろう。工藤は去って行った電車に向かって「ごめんなあ」と呟く。その「ごめん」の意味は、「この後の旅に同行できなくてごめん」だったのか。それとも「自分の夢を勝手に託してごめん」だったのか。
電車が描かれるのはその場面だけであるが、私にはこれが、総じて電車の映画であるように感じる。プロ棋士という夢に向かう1つの電車に多くの人々が乗り、誰かに思いを託し、降りていく。降りたかったわけではない、降りるしかないという悔しさと、電車に乗り続けることができる人への呪いの言葉もあっただろう。瀬川自身も、一度電車を降りるしかなかった。一度は将棋から遠ざかった。それでも彼を繋ぎとめたのは、先に電車を降りざるを得なかった仲間たち、優しく寛大な両親(國村隼、美保純)、恩師たち、彼の人生に少しずつ関わった多くの人たちの言葉と思いがあったからだ。
静かに将棋を指す音が鳴り響く。泣き虫しょったんは3度泣く。奇跡のサクセスストーリーなんていう生易しいものではない。挫折に挫折を重ねた彼は、たくさんの人の思いを乗せて、静かな闘志を漲らせるのである。松田龍平の静謐な眼差しと、静かに歪む泣き顔がただただ胸に迫る。
まだ、夢を見ていい。そう思わせてくれる、救いのような映画だ。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。
■公開情報
『泣き虫しょったんの奇跡』
全国公開中
監督:豊田利晃
脚本:瀬川晶司『泣き虫しょったんの奇跡』(講談社刊)
音楽:照井利幸
出演:松田龍平、野田洋次郎、永山絢斗、染谷将太、妻夫木聡、松たか子、イッセー尾形、小林薫、國村隼
製作幹事:WOWOW/VAP
制作:ホリプロ/エフ・プロジェクト
(c)2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会 (c)瀬川晶司/講談社
公式サイト:http://shottan-movie.jp/