二重性を持ったジェニファー・ローレンスが本領発揮 『レッド・スパロー』が描く女性の復讐と自立

『レッド・スパロー』が描く女性の復讐と自立

 本作の基になった原作小説は、ジョン・ル・カレやイアン・フレミング同様に、実際に諜報機関で働いていたという、元CIAのジェイソン・マシューズによって書かれているが、そのマシューズによると、“スパロー”は実在し、「スパロー・スクール」もカザン市に実在するのだという。カザンといえば、「2018 FIFAワールドカップ」開催都市の一つであり、日本代表のベースキャンプ地でもある。ジェイソン・マシューズの発言をそのまま鵜呑みにすることはできないが、アンナ・チャップマンの例があるように、そのような人材を養成するスクールが存在するというのは、考えられないことではない。

 主人公ドミニカを非人道的なスパイの道へ誘うのは、諜報機関に務める叔父だ。この叔父を冷酷に演じるマティアス・スーナールツは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領そっくりに見える。フランシス・ローレンス監督は、この憎たらしい役にプーチンのイメージを投影しているわけではないと発言しているが、観客からすると、KGBのエージェントであったプーチンを、やはりそこから連想せざるを得ない。この点は、暗黙的な了解をするべき部分であろう。

 問題は、本作がロシアのスパイ活動を非人道的なものだと描きながら、アメリカ側のCIAのスパイ活動を、人道的でフェアなものだと描いているところだ。劇中ではロシアの諜報機関が、二重スパイ容疑者を監禁し、水責めや殴打、睡眠の剥奪など、あらゆる残虐な拷問を行う場面がある。だが、それらの拷問は全て、ジョージ・W・ブッシュ政権下においてCIAが尋問の中でやっていた行為であり、そのことは報道によって明らかになっている。その事実を紹介せずに、ロシア側の残虐さだけを強調した本作は、明らかに公平さを欠いたものであることは確かである。これは元CIAの著者が書いた原作の政治性に、映画版が引っ張られ過ぎてしまったといえる。

 また、劇中に登場するロシア人たちが、ロシアなまりの英語を使っているというのは、ロシアを舞台にしたハリウッド映画の伝統的な娯楽映画の手法とはいえ、古い時代の作品への取り組み方であるということも否めない。ちなみにジェニファー・ローレンスは、このために4か月にわたってロシアなまりのアクセントを覚えたのだという。

 本作は、やがて『ハンガー・ゲーム』のように、人権を奪う政府に反抗する、女性の復讐と自立の物語へと変貌を見せ始める。本作が“現代性”を取り戻すのは、ここからやっと、というところであろう。そして、ジェニファー・ローレンスの演技はそこから一気にたくましさを取り戻し、本領を発揮することになる。本作の真の見せ場は、誇りを奪われた人間が、それを奪い返していく過程にこそあるのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『レッド・スパロー』
全国公開中
監督:フランシス・ローレンス
出演:ジェニファー・ローレンス、ジョエル・エドガートン、マティアス・スーナールツ、シャーロット・ランプリング、メアリー=ルイーズ・パーカー、ジェレミー・アイアンズ
配給:20世紀フォックス映画
(c)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/redsparrow/

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