映画館にとってエンタテイメントとはなにか? 立川シネマシティ、効率化と真逆を行く戦略

映画館にとってエンタテイメントとはなにか?

 今の映画館は、ハードディスクで届く作品データをサーバに入れて、開始時間をプログラムすれば、あとはオートで灯りを消して上映が始まってくれます。終わったら灯りを点けてくれます。フィルムで上映していた時代に比べ、格段に手間が減りました。

 にもかかわらず、わざわざ外部の音響の専門家にギャランティを払ってお呼びし、時には作品を手掛けた監督や音響監督、プロデューサーにもお越しいただいて、1本1本の作品を出来る限り良い音で届けるために時間とコストを掛けて調整を行い、手を尽くすわけです。

 最近の具体例を出すならば、『響け!ユーフォニアム』の2本の劇場版の上映を1月27日から各2週間ずつ、新作は1週ずらして2月3日から上映を行うのですが、この音響調整のためにわざわざ鶴岡陽太音響監督にご来館いただきました。

『響け!ユーフォニアム』【極上音響上映】告知ページ

 1本目の『劇場版 響け!ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ〜』は以前も同じように監修していただいたのですが、その時からいくつか設備を入れ替えたこともあって、ほとんどゼロからやり直しになりました。2本目の『劇場版 響け!ユーフォニアム〜届けたいメロディ〜』は初めての調整だけに、より念入りに。そして『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』から変わったという鶴岡さんの嗜好に合わせて調整し、消失点がわかるほど音のパースペクティヴを美しく聴かせる、2018年の『響け!ユーフォニアム』と言うべき音に仕上がりました。

 出来た音については、好き嫌いがあるでしょう。しかし、1本の映画を上映するのに、ここまで手を掛けている映画館は他にそれほどないはずです。僕らはこのために毎週のように営業終了後の深夜から朝にかけて音響調整を行っており、生活のリズムはメチャクチャです。当然昼間の仕事もありますから、うまく眠ることができないようになってしまいました。

 しかしこの、そこまでするのか、というのが「エンタテイメント」になるわけです。まともな会社ならこんなことはやらないし、許されないからです。大手チェーンの効率化と真逆のことをすることで「差異」を生み、その「差異」が映画ファンの脳を刺激し、心を動かします。

 他にも例をみないほどの高額で高性能な音響機器を導入したことや、一部劇場を超高級スクリーンに張り替えたのも「想定を越える」ためにやったわけです。映画そのものだけでなく、映画館でも楽しんでもらおうということです。想定を越えたとき、なんであれそれは「エンタテイメント」になり得るのです。そしていかなる種類のことも「エンタテイメント」にできるはずなのです、人生が死ぬまでの暇つぶしであるのならば。

 僕の“娯楽の設計”の第一歩は、それは「驚き」を生み出せているかどうかの確認です。そこまでいくのか、そこまで考えているのか、そんなことをやるのか。きちんとそういうものになっているか。人の心を動かすのに何をすべきか、それ自体は斯様にシンプルです。実現には常に多くの困難がつきまといますが、この羅針盤を手放さなければ、進んで行けるはずです。

 僕には今年もすでにいくつか「驚き」を放つ準備があります。世界中をより良くするのはさすがに荷が重すぎるけど、この国の映画ファンだけでも、もっと幸福にしたい。

You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)

※これは世界初の長編トーキー映画『ジャズ・シンガー』のセリフから。音を売りにする映画館の人間として、敬意を表しての引用です。

(文=遠山武志)

■立川シネマシティ
映画館らしくない遊び心のある空間を目指し、最高のクリエイターが集結し完成させた映画館。音響・音質にこだわっており、「極上音響上映」「極上爆音上映」は多くの映画ファンの支持を得ている。

『シネマ・ワン』
住所:東京都立川市曙町2ー8ー5
JR立川駅より徒歩5分、多摩モノレール立川北駅より徒歩3分
『シネマ・ツー』
住所:東京都立川市曙町2ー42ー26
JR立川駅より徒歩6分、多摩モノレール立川北駅より徒歩2分
公式サイト:http://cinemacity.co.jp/

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