アメリカ史の裏に隠された血塗られた暗部 『ブリムストーン』が示した、新たな西部劇映画の可能性
目を背けずにはいられない、容赦ない残酷描写
13歳の頃のリズ(エミリア・ジョーンズ)は、ある事情から荒野を一人さまよっていた。身寄りのない彼女は娼館に売られ、自分の意志に反して、幼い年齢で男の客に性的なサービスをする娼婦としての生活を余儀なくされる。娼館で働く女たちは乱暴に扱われ、客の求めに反抗すると、苛烈な制裁や虐待が加えられる。契約の法によって縛られた彼女たちを助けてくれる者はどこにもいない。そればかりか、彼女たちが通りを歩いていると、「ふしだらな女は地獄に落ちるぞ」と罵倒されることすらある。
こういう時代に抑圧されていたのは、娼館で働く女ばかりではない。本作では物語のなかで、家庭でも妻や娘などの女が"厳格で保守的な"父親によって、理不尽な虐待にさらされていた状況が描かれる。男に反抗することで鞭で打たれ、口答えができないように、顔を覆う金属製の奇妙なマスクを装着させられる。もちろん、当時でもそのような目に遭っていた女性は少ないはずだが、ここで表現されているのは、そのような異常な支配欲を持った男がいたとしても、この世界においては逃げる手立てが見つからないということだ。
男への献身、理不尽な虐待、不公平な裁き。リズは法の下に、そして神の名の下に「男の世界」に従わされ、あらゆる責め苦を受ける。そんなリズの悲痛な境遇は、まさにこの時代に生きた女性たちの受けた不幸を、代表して体験させられているようだ。そのなかには、思わず目を背けてしまうようなものも含まれる。だが、それが残酷であればあるほど、娯楽映画にありがちな救出が行われないからこそ、描くことに意味が生まれるはずである。
反抗の声を発することも、救いを求めることもできない。本作のリズが、声を失った女性として描かれているのは、当時の多くの虐げられた女性たちが、社会から無視され、屈辱を感じながら虐待を受け続けなければならなかったことの象徴となっているのだ。
しかし、これは過去だけの問題にとどまらないだろう。ハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラ・性的暴行事件に端を発し、同様の被害をSNSなどで公にうったえようという運動が世界的に広まるなど、性的な事件の被害を受けた人々が声を上げやすい環境を作ろうという動きが出てきたが、それは被害者の側が勇気を出さなければならない状況があることの裏返しである。声を上げにくい要因のひとつとして、社会にまだまだ旧弊な偏見が存在しているのだ。
世界中で甦り続ける亡霊との戦い
ハワード・ホークス監督の西部劇『赤い河』や、ジョージ・ミラー監督『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で描かれたのは、「父性的なるもの」が、自由を求める人物をどこまでも追ってくるという構図だった。本作では、それが狂信的な牧師というかたちで表現されている。彼はイーストウッドによる西部劇『荒野のストレンジャー』や『ペイルライダー』がそうであったように、もはや生きた人間ではなく、亡霊や「観念そのもの」としてリズを追い詰めていく。それは、どこへ逃げたとしても、同じような男性優位の価値観によって差別や偏見の目にさらされてしまう、女性の境遇を描いているように感じられる。
リズの救いであり希望となるのは、自分の子どもたちだ。彼女の一人娘もまた、そのような独善的な父性の脅威にさらされる。リズの娘も、そしておそらくはその子孫たちも、女性や何らかのマイノリティである限り、保守的な価値観と戦う運命にあるだろう。
ロナルド・レーガンやドナルド・トランプが掲げた「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン(偉大なアメリカをふたたび取り戻そう)」という政治的なスローガンは、社会のなかで差別を受ける可能性のある市民に、ある種の恐怖感を与えたようだ。一部の市民の発言によると、その理由は、古い差別意識を背景に、実際に多くの人権が剥奪された歴史までをも甦らせようとしているように聞こえるからだという。本作は紛れもなく、そんな現在の問題に連なってくる映画である。
本作の監督は、オランダ出身のマルティン・コールホーベンだ。そして、アメリカとヨーロッパ7か国が共同で制作する、国際的なプロジェクトであるように、本作で描かれた問題は、アメリカのみならず、多くの国に共通する普遍的なものである。リズと亡霊との戦いは、世界各地でまだ継続されているのだ。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『ブリムストーン』
2018年1月6日(土)新宿武蔵野館ほかにて順次公開
監督・脚本:マルティン・コールホーヴェン
出演:ガイ・ピアース、ダコタ・ファニング、エミリア・ジョーンズ、カリス・ファン・ハウテン、キット・ハリントン
レイティング:R15+
配給:クロックワークス
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公式サイト:http://world-extreme-cinema.com/brimstone/