ケンゴマツモトの『ノクターナル・アニマルズ』評:トム・フォードの美学やパーソナルが詰まった混沌とした世界
映画としてパワーがあるしエネルギッシュ
ジェイク・ギレンホールが演じている小説の中のトニーと、スーザンの別れた夫・エドワード・シェフィールド。全く違うキャラクターなんだけど、一人二役演じているだけあって、僕が一つ思ったのは、彼らの世界をちょっとずつ被らせてるなと。違う時系列で違う世界を描いてるけど、何か一つ内包してるというか、世界が共通である部分をちゃんと作っている。たとえば、小説の中でレイたちが乗っていた緑のボンティアックGTOは、過去にスーザンがエドワードと別れるシーンで乗っていた車と同じです。そういう点でも現在・過去・小説の三つの世界の境界線を曖昧にしている気がしました。だから違うはずなのに繋がって見える。
あと、トニーもエドワードもどっちも凛々しくないんですよね。内向的で弱々しくて虚勢をはるタイプ。僕と一緒です。だから、余計に感情移入してしまう。小説家を志して、うじうじしてる姿なんて、僕も女の人の前ではああいう感じだと思うので(笑)。
そもそもエドワードはなんで別れたスーザンに小説を送ったのか。結局はそこも曖昧なのでわからないのですが、おそらく未練なんでしょうね。ただ小説を包みから開けて出す時に、スーザンが紙で指を切るシーンがあるんだけど、あれで心を鷲掴みにされました。そこで改めてもう一度この作品に引き込まれていくんですよ。あの赤い血は印象的だったな。ほかにも全裸のレイが外で電話しながらトイレしてるシーン。あれ、かっこいいね。非常にいいです。あとは、最後にスーザンが着ていたドレスは綺麗だったな。
僕は自分がものを作る立場として、一つの世界を作っている映画には、勇気をもらっているんですよ。映画以外でもそうだけど、こんな世界を作れるやつがいるんだな、ここまでできるやつがいるんだなっていうことに感動するんです。あとは単純にパーソナルなものや混沌としてるものが好きなので。映画はそういう世界のわからなさを教えてくれるんですよ。僕は何かを見て何かがわかるっていう感覚はあんまりなくて。むしろよりわからなくなります。一つの作品を鑑賞し終わっても、世界は依然複雑なままで何も変わらないですし。ただ、確実に自分がより豊かになってることは発見できる。まだまだ、わからないことがあるって、本当に幸せなことだなと改めて実感できます。
そういう意味でも、トム・フォードが自分の美学やパーソナルな部分を詰め込んで、混沌とした世界を作ったこの作品は、本当に面白いんですよね。色々話してきましたが結局は、ストーリーや心理描写が巧妙という以前に、映画としてパワーがあるしエネルギッシュなんですよ。あまり深く考えずに観ても、楽しめる。しかし見てしまうと考えさせられずにはいられない。素晴らしい作品だと思いました。
(取材・構成=戸塚安友奈/写真=石井達也)
■公開情報
『ノクターナル・アニマルズ』
公開中
脚本・監督:トム・フォード
出演:エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソン、アイラ・フィッシャー、アーミー・ハマー、ローラ・リニー、アンドレア・ライズブロー、マイケル・シーン
原作:「ノクターナル・アニマルズ」(オースティン・ライト著/ハヤカワ文庫)
2016/アメリカ/116分/PG-12/ユニバーサル作品
配給:ビターズ・エンド/パルコ
(c)Universal Pictures
公式サイト:http://www.nocturnalanimals.jp/