日本の芸能事務所とは大違い!? ハリウッドのタレントエージェンシーの役割

 実はこれ以外にも、ハリウッドではエージェンシーの移籍は珍しいことではなく、タレントたちがキャリアの変化とともにエージェンシーを変えることは、比較的普通に行われている。特に若いタレントたちは、俳優としてステップアップするにつれ、それまでの小さいエージェンシーを去り、より良いコネクションや評判を持った大手に移る。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のパフォーマンスで今年のアカデミー賞助演男優賞のノミネーションを受けたルーカス・ヘッジズは、今年の8月にParadigmからCAAへと移籍をした。またすでに大きな成功を納めている俳優たちも、例えばエマ・ワトソンは2016年12月にWMEからCAAへ、逆にその約1ヶ月後には、デイヴ・フランコがCAAからWMEへと移ったと報道された。またジョニー・デップも2016年10月にUTAからCAAへと移籍している。ハリウッドの業界紙には誰がどのエージェンシーに移ったという情報が毎日のように報道されており、タレントについてエージェンシーに問い合わせる際、「もううちのクライアントではない」という返事が来ることもある。

 エージェントがオーディションの機会を探し、仕事をとってくる以上、タレントのキャリアにおけるエージェントの貢献の大きさに疑う余地はないが、「お世話になった事務所に対する恩返し」よりも、現時点での自分のキャリアに見合うエージェンシーと組んでさらなる高みを目指す方が優先されるのは、ハリウッドでの共通認識である。そこにはタレントが事務所の「商品」であるという考え方は存在していないし、エージェントと同様の契約形態でタレント自身が雇うマネージャー、弁護士、広報も含めて、タレント中心のチーム作りがなされているのである。そういう点では、よりタレントに経営者に近い考え方を要求する環境である。

 ところで、ハリウッドのスタジオや製作会社側の角度から見ると、エージェンシーはある意味で、これからハリウッドの映画業界を志す多くの若者にとっての下積みの場として機能している。スタジオや製作会社の製作やストーリー開発部門を目指す上で、エージェンシーでの職務経験はほぼ必須要件とされる。これは日本でテレビの作り手を目指すものが、ADから始め、その後のキャリアを形成していく形にも似ているが、エージェンシーに身を置くことで、業界の最新の状況やルール、重要人物などが日常の業務を通して学べる上、その後プロデューサーとして膨大な仕事量をこなすための方法が叩き込まれるからである。こういった理由から、スタジオのストーリー開発部門や製作会社で活躍するエグゼクティブで、上で名前をあげたような大手エージェンシーでの経験をもつものは多い。レッドカーペットやパーティなど、華々しいイメージがつきもののハリウッドであるが、彼らにエージェンシーでの下積み時代の話を聞くと、多くが安い給料で、上司に怒鳴られながら休み無く働いたという返事が返ってくるところは、どこか日本と通じるものがあるのではないだろうか。

 このコラムではハリウッドのタレントエージェンシーについて、日本との比較もしながら見てきたが、現在はインターネットがもたらした消費者のメディアや情報との関わり方の変化によって、タレントとオーディエンスの距離を含め、彼らの活動の方法やキャリアのあり方は、劇的に変化している。タレントたちと密接に関わるエージェンシーも芸能事務所も、重要な過渡期にあるが、この先どこに向かっていくのか、興味深く見守っていきたい。

参照

https://variety.com/2016/biz/news/emma-watson-caa-1201933710/
https://variety.com/2017/film/news/dave-franco-wme-1201962928/
https://variety.com/2016/film/news/johnny-depp-leaves-uta-caa-1201902397/
http://beta.latimes.com/entertainment/envelope/cotown/la-et-ct-caa-agents-united-talent-agency-uta-20150402-story.html
http://variety.com/2017/tv/news/stranger-things-apa-1202595288/
http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/tv/news/kevin-spacey-publicist-talent-agency-sexual-assault-allegations-a8035061.html
https://www.hollywoodreporter.com/news/manchester-by-sea-star-lucas-hedges-signs-caa-1031419

■田近昌也
北海道出身。上智大学外国語学部卒。東京でインテリアの営業を経て、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院プロデューサー科を修了。その後メジャースタジオの長編映画企画開発部門などで経験を積む。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「映画シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる