映画作家・北野武の集大成ーー『アウトレイジ 最終章』がもたらす贅沢な時間

 『アウトレイジ 最終章』の人物たちは、マルセル・プルースト『失われた時を求めて』の最終篇「見出された時」の最終部、ゲルマント大公夫人邸の午後のパーティの出席者たちのようだ。過ぎ去っていく時の中で変わっていく顔面、白いひげをつけて小刻みにふるえる人形のように老いた相貌、時には老齢でかえって美しくなる「昆虫の変態にも似た変身」、〈時〉が顔面にかぶせた仮面と「再生の力」……「歳月の光学的展望と呼ぶべき」午後のパーティは、「過去に継起したすべての映像」を差しだし、作家は〈時〉についての高名な作品を書いた。

 北野武の最新作は、穏やかな陽光をあびた海辺の桟橋で始まり、同じのどかな桟橋で終わる午後のパーティだ。みじめな人間の営み、老いや死という悲しみもあるが、深い呼吸をさそう気持ちのよい夜の雨や、身を沈めたら立ち上がれなくなる上質な革のソファと心地よい室内の照明、美しくも醜くもなくただ興味深い俳優たちの顔と趣き深い声、すべてをゆっくりと──登場人物たちのペースに合わせて──楽しむことができる。それは贅沢な〈時〉の経験であり、映画という光学装置にのみ与えられうる〈芸術〉の体験である。

■田村千穂
1970年生まれ。映画批評・研究。著書に『マリリン・モンローと原節子』(筑摩選書)、『日本映画は生きている』第5巻(岩波書店、共著)。2017年度は中央大学にて映画の授業を担当。

■公開情報
『アウトレイジ 最終章』
全国公開中
監督・脚本・編集:北野武
音楽:鈴木慶一
出演:ビートたけし、西田敏行、大森南朋、ピエール瀧、松重豊、大杉漣、塩見三省、白竜、名高達男、光石研、原田泰造、池内博之、津田寛治、金田時男、中村育二、岸部一徳
配給:ワーナー・ブラザース映画/オフィス北野
(c)2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会
公式サイト:outrage-movie.jp

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