現在最高峰の海外ドラマを探しているなら、『ナイト・オブ・キリング』を見ない選択肢はない

宇野維正の『ナイト・オブ・キリング』評

 物語を推進していくのは、パキスタン系移民の若者が収監されることになる刑務所内部におけるゲイやドラッグといった現代的なイシューも含めた人間関係(「刑務所もの」)と、彼が嫌疑をかけられた殺人事件裁判の行方(「法廷もの」)。そして、全編を通して最も印象に残るのは、一連の出来事の中でパキスタン系移民の青年に芽生える変化だ。これは本作の核心の部分に当たるので明言は避けるが、この物語は一人の若者の「成長物語」にして、その感触は限りなく「クライムスリラー」に近い。

 つまりだ。この『ナイト・オブ・キリング』は「ミステリー」であり「社会派ヒューマンドラマ」であり「探偵もの」であり「刑務所もの」であり「法廷もの」であり「成長物語」であり「クライムスリラー」でもあるのだ。しかも、それを手がけているのは長年アメリカ映画界を担ってきた百戦錬磨のリチャード・プライスとスティーヴン・ザイリアンである。各ジャンルの作品の要素を見事にミックスしてみせたとかそういうレベルではなく、全8エピソード、10時間弱(1エピソード1時間だが、最初と最後のエピソードのみ長尺となっている)にわたって、それぞれのジャンル映画における最高峰の作品と比肩するような濃密な物語と、きめ細かで卓越した演出が展開していく。

 本作の原題は邦題の『ナイト・オブ・キリング』から「キリング」の部分が抜け落ちた、“The Night of”という英語の修辞法的にも少々奇妙なもの。前述したように、一つの「殺人」が物語の発端になっているのは事実だから、邦題の『ナイト・オブ・キリング』も決してタイトルとして間違いではない。ただ、製作者たちは原題の“The Night of”に「その先を埋める一つの単語を決めるのは、視聴者それぞれだ」というメッセージを込めているのだろう(ちなみに本作は『ハウス・オブ・カード』などと同様に英国のテレビドラマを原案としているが、そこでのタイトルは“Criminal Justice”というまったく別のものだった)。誰の身にも突然襲いかかるかもしれない、これまでの平穏な人生を一変させてしまう「夜」。本作『ナイト・オブ・キリング』は、人間という生き物の「夜」(=もう一つの顔)についての深い洞察に満ちた、視聴者に一生傷跡を残すほどのヘヴィ級のドラマだ。部屋の明かりを暗くして、テレビの前でどっぷりとその世界に浸ってもらいたい。

■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)。Twitter

■配信情報
『ナイト・オブ・キリング 失われた記憶』
出演:リズ・アーメッド、ジョン・タトゥーロ、アマラ・カラン、ビル・キャンプ、ソフィア・ブラック=デリア、ペイマン・モアディ、ジーニー・バーリン、グレン・ヘドリー、マイケル・ケネス・ウィリアムズ
原作・脚本:スティーヴン・ザイリアン、リチャード・プライス
プロデューサー:スティーヴン・ザイリアン、リチャード・プライス
監督・演出:スティーヴン・ザイリアン、ジェームズ・マーシュ
(c)2017 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO(R) and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.
Hulu視聴ページ:https://www.happyon.jp/the-night-of/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる