ウディ・アレンは新たなステップを踏み出したーー『カフェ・ソサエティ』が描く現実的な恋物語

久保田和馬の『カフェ・ソサエティ』評

セルフオマージュとウディ・アレン

 初期の頃は政治的な皮肉をたっぷり込めたナンセンスなコメディに始まり、ロマンティック・コメディから、哲学的なヒューマンミステリー、ショウビズ界の人間模様、そしてヨーロッパの街の群像劇と、一定のスパンで同じようなタイプの作品を連続して生み出すのがウディ・アレンという作家の特徴だ。

 それゆえ、彼の作品に「セルフオマージュ」という言葉は何だか似合わない。常にセルフオマージュを行なっているようにも見える一方で、それぞれまったく異なるテイストの作品を生み出していると見ることもできるのだ。しかしながら、『カフェ・ソサエティ』終盤のニューヨークのシークエンスは、意外なほどにセルフオマージュが溢れていた。

 ニューヨークでマフィアの兄(ショウビズとマフィアの癒着というのも、『ブロードウェイと銃弾』を連想させられる)から引き継いだナイトクラブで成功を遂げるジェシー・アイゼンバーグが、クリステン・スチュワートと再会する一幕。ここには70年代後半の代表作へのオマージュが感じられる。明け方のセントラルパークの光景や、マンハッタン橋のショットは『マンハッタン』そのもの。そして、ここで紡がれる二人の物語は、『アニー・ホール』を想起せずにはいられない、ほろ苦い展開なのだ。

 ロマンティック・コメディというジャンルにおいて、ふたりの男女が結ばれるということだけが必ずしもハッピーエンドではない。映画らしい夢とファンタジーに溢れた物語の中でも、恋物語だけは常に現実的な視点を崩さない。それがウディ・アレンの持ち味であり、彼の紡ぐラブストーリーの本質なのである。

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初めてのデジタル撮影とウディ・アレン

 ウディ・アレンにとって本作はあらゆる“初めて”が詰まった作品となった。『地獄の黙示録』などで知られる名カメラマン、ヴィットリオ・ストラーロとの初コンビに、初めてのデジタル撮影。もちろんストラーロが編み出した“ユニヴィジウム”と呼ばれる2:1の画面で構図を組み立てることも初めてで、今まで2000万ドルにすら達してこなかった制作費が初めて3000万ドルとなったのだ。(それでも彼の映画が低予算映画のラインを守り続けていることには変わりはない)

 毎回豪華キャストが勢ぞろいするが、俳優組合が定める最低賃金レベルのギャラしか支払わないことを条件にしていることは周知の事実だ。それでもオスカー俳優ケイト・ブランシェットやコリン・ファース、マリオン・コティヤール、先日オスカーに輝いたエマ・ストーンをはじめ、名実ともにトップクラスの俳優が出演を熱望している。今回も将来性の高いジェシー・アイゼンバーグとクリステン・スチュワートのふたりが、人気作『アドベンチャーランドへようこそ』以来の再共演を果たしたのである。

 多くの映画がキャストのネームバリューに比例して、キャスト費の占める割合が上がっていく中で、一定のキャスト費を維持し続ける彼の作品が、異例ともいえる3000万ドルの制作費になった原因はどこにあったのか。ストラーロへのギャラか、はたまたハリウッドとニューヨークの二箇所を舞台にしたことにあったのか。

 どうやら初めは1800万ドルで予算が組まれていたようで、完成の時点で1200万ドルが追加されたと聞く。ということは、デジタル撮影によって、これまで築き上げた彼のリズムが少なからず崩れて現場費がかかったり、編集のプロセスへの手間がかかったりしたのでは、と推測される。デジタル化が進んだことによって映画が安価で作られるようになった昨今では、なんとも皮肉な結果だろう。

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ウディ・アレンの後継、ジェシー・アイゼンバーグ

 現在81歳を迎えたウディ・アレン。かつては自ら主演を務めていた彼だが、主演作と呼べるものは前述の『さよなら、さよならハリウッド』以来なく、出演した作品も『僕のニューヨークライフ』、『タロットカード殺人事件』、『ローマでアモーレ』とめっきり少なくなった。先日のインタビューで彼は、年を取ったことで選択肢が狭まり、恋物語の主人公になることができないと語っているのである。(引用:“俳優”としての今後にも言及 『カフェ・ソサエティ』ウディ・アレンのコメント公開

 ファンからしてみれば実に寂しい話ではあるが、彼の代わりを務める俳優が着実に登場し始めている。たとえば『ミッドナイト・イン・パリ』のオーウェン・ウィルソンであったり、『人生万歳!』のラリー・デヴィッド(もっとも、彼も70歳なのでなかなか難しいところではあるだろうが)、そして『ローマでアモーレ』と本作のジェシー・アイゼンバーグだ。

 アイゼンバーグといえば、出世作『ソーシャル・ネットワーク』で見せた神経質な早口芝居に加え、自信たっぷりのドヤ顔と頼りなさげな雰囲気のギャップ。まさにアレンの後継に相応しいのではないだろうか。しかも彼は、ユダヤ系の家に生まれた生粋のニューヨーカー。ますますアレンとの再タッグを期待したくなってきた。

 しかも彼は現在初監督の撮影の真っ只中だと報じられている。彼自身が執筆した短編小説『Bream Gives Me Hiccups』のテレビシリーズ化で、主演には『教授のおかしな妄想殺人』と本作でアレン作品に出演しているパーカー・ポージーの名前が挙がっているという。もしかすると今後映画界に進出するのではなかろうか。

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