これは“自分のための映画”だーーマイノリティ描く『ムーンライト』に共感を抱く理由

これは“自分のための映画”だーーマイノリティ描く『ムーンライト』に共感を抱く理由

 日常的にいじめられる学校にも、そして麻薬に溺れる母親のいる家にも、少年シャロンの居場所はない。彼は自分をいじめる同年代の子どもたちから逃れるため、放棄されたクラックハウス(麻薬密売人が商売に利用する建物)に逃げ込み、そこで偶然に麻薬密売人のフアンという男と出会う。自分の売る麻薬によって、シャロンの家庭を崩壊させてしまったという自責の念もあり、フアンはシャロンに水泳を教えるなど、父親のように生きる術を教え、また、「自分の道は自分で決めろ」と語りかける。

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 自身がゲイであることを理解した思春期のシャロンは、少年時代からの唯一の友達であるケヴィンに恋心を寄せるようになる。一時はケヴィンも同じ感情を通わせるも束の間、ある事件によって、二人の関係は終わりを迎える。二人が生きる「世界」は、この関係を維持できるような寛容さを持ち合わせていなかったのである。別々の道を歩むことになった彼らは、その後、時を経て再会を果たすことになる。

 本作を観た後なら分かるが、ここに並べられた3つの時代というのは、シャロンのつらい境遇を描きながらも、彼がこれまでの人生の中で、最も輝いた幸せな瞬間を含んでもいるのだ。しかし、その幸せというのは、彼がゲイであることを自覚してからは、太陽の下ではなく、人が見ていない、微かな光の下でだけ訪れるようになる。本作に登場する、「ブラック」と「ブルー」という色の概念は、昼間は極力、自分の身を守るために典型的な「黒人男性」のイメージを演じ、本当の自分に戻ることができるのは夜の薄暗い場所でだけという、シャロンの境遇を暗示するものだ。

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 黒人であるということ以前に、シャロンは人間であり、主体性を持つべき一個人である。あらかじめ規定された「黒人らしさ」や「男らしさ」などの属性に反する生き方をするのも自由なはずだ。しかし、過酷な環境で生き抜いていかねばならないシャロンにとって、ありのままの自分でいることはきわめて困難で危険である。現実的には自由など存在しないのだ。それは、シャロン自身の問題というよりも、多様性を認めず、偏見がはびこる社会全体の問題のはずである。マイアミの外の社会においても、多くの人間が、多かれ少なかれ、既存の社会通念が求める「役割」を引き受け、自分らしく生きる権利を部分的に放棄しているのが現状だ。その意味では、シャロンの境遇に自分を重ねられる観客がいるというのも理解できる。本作が描くのは、そのような不寛容な環境において、自分自身をどこまで愛し、尊重することができるのかという葛藤である。

 観客がシャロンに自分を重ねられる理由は他にもある。本作の最大の特徴である美しい映像がそれだ。例えば、少年期のシャロンがケヴィンに励まされるときの、極端に背景をぼかすなどの撮影。ナオミ・ハリスが演じる母親がシャロンを怒鳴りつけるときの、不自然なほど鮮やかに感じる照明。さらに編集段階で、画面の色調・色彩加工が入念に行われ、質感を保ちながらコントラストを強めたり、出演者の肌のハイライトに色味を加えるなど、デジタル環境での職人的な操作がされているということが、すでにアメリカの複数の媒体によってレポートされている。さらに音声についても、部分的に大きく聴こえたり、ときにほとんど聴こえなくなったりと、かなり微細なバランスで調整されている点も見逃せない。

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 そのような手間ひまは、いままで見たことのないほどに、きわめて主観的な映像世界の構築に寄与している。シャロンが海で泳ぎを教わったこと、親友に励まされたこと、そして夜のダイナーで店の雰囲気を味わったこと。シャロンにとって重要なものや印象深いものはハッキリと映り、音が明瞭に聴こえるが、重要でないものや恐怖を感じるものはぼやけたり音が消えたりするのである。それはまさに、誰もが持っている「記憶」や「印象」に近いものである。人間は、無意識に目に見える情報を取捨選択して脳内で整理しながら理解する。そして、ときにその姿は現実を超えた美しさをも獲得する。ここでの映像や音声は、そのプロセスをすでに通したかのような体験を我々に与えてくれる。つまり我々が見ているのは、シャロンの心のなかの現実なのである。この新しい演出によって、観客はシャロンとともに、月の光のなかに引き込まれていくのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『ムーンライト』
TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
監督・脚本:バリー・ジェンキンス
エグゼクティブプロデューサー:ブラッド・ピット
出演:トレバンテ・ローズ、アッシュトン・サンダース、アレックス・ヒバート、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、アンドレ・ホーランド
提供:ファントム・フィルム、カルチュア・パブリッシャーズ、朝日新聞社
配給:ファントム・フィルム
原題:「MOONLIGHT」
2016/アメリカ/111分/シネマスコープ/5.1ch/R15+
(c)2016 A24 Distribution, LLC
公式サイト:moonlight-movie.jp

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