森直人の『未来よ こんにちは』評:哲学教師ナタリーが示す、ままならない人生のやり過ごし方
ミア=ハンセン・ラヴ監督は1981年生まれだから、まさにユペールの娘世代。ラヴは『グッバイ・ファーストラブ』(2011年)で自身のティーン時代の体験をもとにホロ苦い初恋模様を綴り、『EDEN/エデン』(2014年)ではクラブDJだった兄を主人公のモデルに20年の栄枯盛衰を描いた。身の回りから世界を立ち上げてくる彼女の映画に一貫しているのは、最も慎ましいレヴェルでの「サヴァイヴ」という感覚だ。何があっても淡々と日々を生きていく――その静かだが力強い妙味は、まなざしから来る“肯定力”によるものだろう。そういった監督に内在する主題は、イザベル・ユペールが体現する精神とよく合致しているのだと思う。
人生はどんなに辛い局面でも、束の間の“ちょっといい時間”を得ることはできる。踏んだり蹴ったりのナタリーも、「ママのお気に入り」と息子や娘にからかわれるイケメンの元教え子ファビアン(ロマン・コリンカ)と一緒にいる時は、どこか心が明るい。ファビアンがアナーキストの仲間たちと共同生活を営むフレンチ・アルプス近くの山に、ナタリーが出向く際、二人きりの車の中でウディ・ガスリーの“My Daddy( Flies a Ship in the Sky)”(邦題「シップ・イン・ザ・スカイ」)が流れるシーンがある。
「いい曲ね」
「聴き飽きたけど、なぜかこのCDしか掛からないんだ」
「誰の歌?」
「ウディ・ガスリー。急進的なフォークシンガーさ。ボブ・ディランのアイドルだ」
「……私の夫は20年間、同じ曲ばかり。ブラームスとシューマン。もううんざりよ」
このビタースウィートなやり取りがとてもいい。もちろん彼らがこれ以上親密に接近することはないし、ナタリーの淡い恋心が成就することもない。しかしなぜか鮮やかに脳裏に刻まれ、以後長く記憶に残り続けるであろう密やかな時間だ。そして彼女の家には、猫アレルギーなのに母親から譲り受けたパンドラという名前の黒猫(パンドラはギリシャ神話に登場する災いの女神だが、彼女が持つ箱には“希望”が最後に残っている!)が待っているのである。
■森直人(もり・なおと)
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「朝日新聞」「キネマ旬報」「TV Bros.」「週刊文春」「メンズノンノ」「映画秘宝」などで定期的に執筆中。
■公開情報
『未来よ こんにちは』
公開中
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラヴ
出演:イザベル・ユペール、アンドレ・マルコン、ロマン・コリンカ、エディット・スコブ
協力:フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、ユニフランス
配給:クレストインターナショナル
原題:L'AVENIR/英題:Things to come
2016年/フランス・ドイツ/102分/カラー/1:1.85/5.1/
(c)2016 CG Cinema · Arte France Cinema · DetailFilm · Rhone-Alpes Cinema
公式サイト:crest-inter.co.jp/mirai/