『シン・ゴジラ』脚本から見えた“もう一つの物語” 『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』徹底考察

『シン・ゴジラ』脚本から見えた“もう一つの物語” 『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』徹底考察

フェイク・ドキュメント版『シン・ゴジラ』

 さて、ここまでのプロットは2014年後半に入ると大きく方向を変えて、完成した映画に近いものへと変貌していく。その過程は『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』を精読してもらいたいが、神山版プロットから発展していった初期プロットは、主人公の父との葛藤や、元カノ、博士と娘、公安とテロリストなどエンターテインメント大作に相応しい物語が本篇のドラマ側にも用意されていたが、確かにこれはこれで実現していれば面白いものになっただろうと思わせるものの、アニメーションなら良いとしても、実写でやるとなると、チープにならずにどこまで可能だろうか。上手くいっても『ゴジラVSビオランテ』(89年)のテイストに迫ることができれば御の字だろう。しかも、実写監督としての庵野秀明は、娯楽大作を自在にこなせるタイプではないにもかかわらず、このプロットはかなりの職人的技倆が必要とされる内容なのである。

 庵野が優れているのは、予算規模と自身の能力とを的確に計算し、〈出来ること/出来ないこと〉の線引きが明確なことだろう。2014年3月27日付の『G作品新メモ』で、これまでのプロットを全てひっくり返す紙爆弾を投げたのは、現実的に可能なゴジラ映画へと着地させるための提言だろう。それが『シン・ゴジラ』フェイク・ドキュメンタリー構想である。「邪道にして、王道を目指す」と記されたこのメモは、現状の製作費では、このプロットを映画にしても勝算が見えないとして、全ての画面を二次的な映像(民間人が撮影した携帯などの動画、写真、ニュース画面、報道映像、ネット投稿動画、再現ドラマ映像など)のみで構成するというもので、「所謂人間ドラマではなく、事象のみを点描的に描写していく。官邸内の様子等、一部を再現ドラマとして表現」といった書き込みもある。『クローバーフィールド/HAKAISHA』(08年)よりも更に複眼の視点で多面的に描こうというものだ。この手法ならゴジラを描く10~15分にだけ予算を投入してCGのクオリティを保つ〈ローバジェットの一点豪華主義映画〉が可能という見積もりである。おそらく、庵野監督が撮りたい怪獣映画とは、こうしたものではなかったかと思わせる。

 というのも、これまでも初の商業実写映画となった『ラブ&ポップ』(97年)を、当初はフェイク・ドキュメンタリーとして構想していたからだ。庵野自身も実名で登場し、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』(97年)の完成が間に合わなかった裏には、女子高生との援助交際にはまっていたからというスキャンダラスな設定が用意されていたが、出資者が相次ぎ、商業映画として製作することになってからは自らこのアイデアを廃棄し、通常の劇映画として完成させた。それでも家庭用デジタルビデオカメラを駆使してドキュメンタリー的に女子高生たちを撮るなど、当初の意図が映画に色濃く残されている。

shingojira-2th.jpg映画『シン・ゴジラ』より

 結果として、『シン・ゴジラ』フェイク・ドキュメンタリー構想は〈猛反対〉にあって撤回されるが、完成した映画の冒頭で小型船舶に乗り込む海上保安庁隊員によるカメラ映像、海ほたるのシーンで避難する人々が撮影したスマホの映像、その後のシーンでも映画的なアングルよりも再現ドラマに近い画角で撮られたカットが多かったことを思えば、この時の構想が形を変えながらも継承されていたことが分かる。

 2015年1月7日付の『G作品新プロットメモ2』になると、米国大統領特使が登場し、主人公と父とのドラマや恋愛要素も除去されて映画とほぼ同じ形を見せ始める。ここから準備稿、決定稿へと積み重ねられて、巨大生物出現という事態への対処を積み重ねていく状況劇としてのリアリズムを厚くしていく作業が中心となる。決定稿には、米国大統領特使と旧知の駐日米大使館2等書記官との対話があるが、映画からはカットされていることからも分かるように、状況への対処のみを徹底して描いたことが『シン・ゴジラ』を成功させた理由だろう。

 かつて『宇宙戦艦ヤマト』の台詞を丸暗記したことから「専門用語を羅列するのに、僕はなんの苦労もないですから。そういう単語がバーッと出て来る。波動砲の発車過程だけで二分。大砲を撃つだけで二分も描写があるんですよ(略)あれがいまでも役に立ってます」(『庵野秀明スキゾ・エヴァンゲリオン』太田出版)と語ったように、専門用語をリズミカルに配列し、アニメーション監督ならではの秒単位での計算で書かれた台詞や構成を検証する意味でも、脚本で読む『シン・ゴジラ』は映画とは別の輝きを見せてくれる。また大きく形を変えていった最初期のプロットに思いを馳せて、もう1本の『シン・ゴジラ』を活字の上で映写することもできるだけに、『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』は『シン・ゴジラ』の世界を更に奥深く堪能することができる空前の一冊と言えるだろう。

【引用資料】
『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』(株式会社カラー)

■モルモット吉田
1978年生まれ。映画評論家。「シナリオ」「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿。

■作品情報
『シン・ゴジラ』
出演:長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ
脚本・総監督:庵野秀明
監督・特技監督:樋口真嗣
准監督・特技統括:尾上克郎
音楽:鷺巣詩郎
(c)2016 TOHO CO.,LTD.
公式サイト:http://www.shin-godzilla.jp/

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