『君の名は。』の大ヒットはなぜ“事件”なのか? セカイ系と美少女ゲームの文脈から読み解く

『君の名は。』大ヒットはなぜ“事件”か?

捻れた「国民アニメ」の誕生

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 さて、――にもかかわらず、です。

 今回の空前の『君の名は。』現象が興味深いのは、かつて「10~30代の男性オタク」をおもな消費者にし、しかも男性向けポルノメディアのムービー制作にもかかわっていた新海が、明確にそれらかつての物語的/ジャンル的記憶に「原点回帰」して作っているはずの作品が、セカイ系も美少女ゲームもまったく知らない「10代の女性観客」を中心に、目下、前代未聞の大ヒットを記録しているという事実でしょう。きわめてニッチなファンに向けて、マイナーなジャンルから出発した作家が、ある種の「原点回帰」した作品で、破格のメジャー性=国民性を獲得してしまった。ここには、多くの「捻れ」が潜んでいます。

 実際、たしかに『君の名は。』は、何度も述べたように、物語的にも演出的にも、ジブリや細田アニメのような「国民的アニメ」「ファミリー受け」を明確に志向していない。また、かつてのぼくたち若い男性観客が支持したセカイ系的な世界観や設定も多く含んでいる。にもかかわらず、これもまたたしかに、他方でぼくは『君の名は。』を観たとき、決定的な違和感も覚えました。本作は表面的にはセカイ系的でありながら、しかしどこかセカイ系とは違う。

 それはおそらく、主人公の瀧がセカイ系的ヘタレ男子――『雲のむこう』の浩紀や『秒速5センチメートル』(07年)の貴樹などを思い浮かべてください――とは異なる、いかにも「ポストゼロ年代的」な主体的に行動し、運命を変えていこうとする「リア充的」なキャラクター像に変えられているからです。実際、こうしたモデルチェンジは、近年のオタク系コンテンツではしばしばありました。たとえば、『秒速』のセカイ系非モテ主人公・貴樹と『君の名は。』のリア充主人公・瀧の違いは、旧『エヴァ』の主人公・碇シンジと『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(09年)のシンジのキャラチェンジにぴったり対応しているといえます。だからこそ、『君の名は。』はまぎれもなくセカイ系的なアニメでありながら、どこかかつて観たものとは違う、セカイ系ならざるアニメでもあるわけです。ともあれおそらく新海は、こういったマイナーチェンジを細かく積み重ねることで、今回、「ファミリー向け」の作りでなくとも、「国民的」な規模の大ヒットアニメを作ることができると証明してしまった。ここにこそ、『君の名は。』の画期があります。

 『君の名は。』は、かつての宮崎の『風の谷のナウシカ』(84年)のように、あるいは庵野の『新世紀エヴァンゲリオン』のように、日本アニメ史の何かを確実に変えてしまった。しかし、それは何かの継承というよりも、むしろ決定的な「断絶」です。日本アニメ界の「鬼っ子」新海が作った新作は、文字通り日本アニメの完全な「鬼っ子的」傑作になりました。そして、おそらくはこの「鬼っ子」=例外が「オリジン」=起源となる、新たな日本アニメ史がこれから立ちあがってくるのだろうとぼくは思います。

■渡邉大輔
批評家・映画史研究者。1982年生まれ。現在、跡見学園女子大学文学部助教。映画史研究の傍ら、映画から純文学、本格ミステリ、情報社会論まで幅広く論じる。著作に『イメージの進行形』(人文書院、2012年)など。Twitter

■公開情報
『君の名は。』
全国東宝系にて公開中
声の出演:神木隆之介、上白石萌音、成田凌、悠木碧、島崎信長、石川界人、谷花音、長澤まさみ、市原悦子
監督・脚本:新海誠
作画監督:安藤雅司
キャラクターデザイン:田中将賀
音楽:RADWIMPS
(c)2016「君の名は。」製作委員会
公式サイト:http://www.kiminona.com/



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