映画は人類史における一大犯罪をどう描くべきか? 『サウルの息子』の演出が投げかける問い

『サウルの息子』撮影手法の革新性

 驚くことに本作が長篇デビュー作となったハンガリー出身のネメシュ・ラースロー監督は、『ヴェルクマイスター・ハーモニー』や『ニーチェの馬』などが国際的に評価の高い、ハンガリーを代表する映画監督の一人であるタル・ベーラの助監督をしていた経歴を持つ。タル・ベーラ監督作品の特徴は、できるだけカットの切れ目を作らないように、ワンシーンごとにおそろしく長い時間カメラを回して撮られているという点だ。カット数が増えると、映画には軽快さやリズムが与えられる反面、観客はその度に気持ちを切り替えることになり、一般的には、いま見ているものが「映像作品である」ということに気づき安心する傾向にある。本作では、この長回しも駆使することによって、あたかも密着ドキュメンタリー番組を見ているような緊迫した時間が持続し、サウルの綱渡りのような無謀な行動を、観客も一緒に息苦しさを味わいながら体験させられることになるのだ。

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 だが、固定されたカメラによる撮影(フィックス)ではなく、手持ちのカメラを多用し、リアルタイムの光景を写していく手法は、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』や『クローバーフィールド/HAKAISHA』のように、芸術的で重厚な印象の強いタル・ベーラ監督の作風というよりは、それを一部利用することで、むしろ現代的な娯楽作品に接近しているように見えるのも面白い点である。だから本作はある意味、アクションやサスペンス映画のような、ジャンル的な娯楽性もかなり内包しているのである。その部分を楽しみながらも、民族虐殺という、人類史における犯罪を娯楽として認識し消化していいのかという疑問を、観ている間に絶えず感じさせる部分があることも確かだ。この点はもちろん、ネメシュ・ラースロー監督はじめ、作り手が強く葛藤した部分でもあるだろう。

 アラン・レネ監督が、あるユダヤ人の収容所体験を書籍化した『夜と霧』を映画化した際も、それを劇映画のように描くのでなく、実際の映像や写真をコラージュしたように、主観的な描写を入れることで事実を歪曲したり死者を冒涜するような表現を避けようとする意図があったはずなのだ。しかし、自身の祖父母がガス室に送られたというラースロー監督にとって、死を待つ囚人たちの耐え難い息苦しさを、現実のものとして多くの観客に体験してもらい、自分自身の問題だと捉えてもらいたいという希望を達成するには、この手法しかあり得なかったのではないかとも感じる。結果的に本作は、ゾンダーコマンドの存在を広く知らしめ、虐殺の残酷さを、いままでにない臨場感で世に伝えることに成功しているのだ。

 サウルの無謀な一連の行動が、サウル本人を接写し、狭い構図の主観的映像で撮られているいることで、ストーリー上のある疑問も生まれてくる。それは、本当にこの少年の遺体がサウルの息子なのかという点である。長い間、収容所の中で非人間的な労働をさせられ、人間の尊厳を奪われ、死の恐怖と隣り合わせに過ごしてきたサウルが現実から逃避し、個人的な妄想の世界のなかにあったとしても不思議ではない。この真相については本作ではっきりとは明示されないが、ラストの展開を注意深く観察することで、この疑問が解決するようになっているように思われる。それは本作が台詞によって語られる作品でなく、冒頭で作り手が宣言しているように、映像そのものが物語る「映画作品」であることを示している。『サウルの息子』は、ナチスの歴史的犯罪や犠牲者たちの無念を描く映画であるとともに、映画のための映画でもあるのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

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■商品情報
『サウルの息子(ブルーレイ)』
発売日:2016年8月2日
参考価格(税抜き):4,800円
品番:HPXR-64
発売元:ファインフィルムズ
販売元:ハピネット

『サウルの息子(DVD)』
発売日:2016年8月2日
参考価格(税抜き):3,900円
品番:HPBR-64
発売元:ファインフィルムズ
販売元:ハピネット

■ブルーレイ&DVD特典
【初回限定特典】
アウターケース仕様
【特典映像内容】
・『With A Little Patience』(約14分)
・メイキング
・削除シーン
・オリジナル劇場予告編

■作品情報
監督・脚本:ネメシュ・ラースロー
共同脚本:クララ・ロワイエ
出演:ルーリグ・ゲーザ、モルナール・レヴェンテ、ユルス・レチン
2015年/ハンガリー/カラー/ドイツ語・ハンガリー語・イディッシュ語・ポーランド語ほか/107分/スタンダード
原題:Saul Fia/英題:Son of Saul
(c)2015 Laokoon Filmgroup
公式サイト:http://www.finefilms.co.jp/saul/

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