オランダの“消えた名匠”、18年ぶりの復活! 『素敵なサプライズ』の奇想天外な仕掛け
オスカー受賞監督の、サプライズな映画人生
こんな異色作を手がけたのはいったい何者なのか。マイク・ファン・ディム監督は、『キャラクター/孤独な人の肖像』(97)が世界的評判となり、なんと38歳の若さでアカデミー賞外国語映画賞を受賞した経歴の持ち主である。ロッテルダムを舞台に錯綜するその重厚な人間ドラマはハリウッドの重鎮たちを大いに唸らせ、一時期、彼のもとには膨大なオファーが舞い込んだという。サクセス街道まっしぐら? いやいや、結果はまるで逆。ここで末代にまで語られるであろうファン・ディムの名言が飛び出すのだ。
「ハリウッドはせっかく(オスカー受賞によって)ミシュラン3つ星をくれたのに、俺にこの国でハンバーガーを焼けという」
確かにハリウッド映画はハンバーガーに似ている(そこが醍醐味でもあるわけだが)。しかし自由の国オランダからわざわざやってきた才能からしてみると、そこにざっと並べられたハンバーガーのレシピはどれもジャンクかつ似たり寄ったりで、それを作らされることはきっと表現者として死の契約にも等しいものだったろう。
ちなみに当時の裏話として驚かされるのは、ロバート・レッドフォードとブラッド・ピットが共演した『スパイ・ゲーム』(01)も当初はファン・ディムの監督作として始動していたということ。最終的にここでも折り合いがつかなくなり、彼は降板という自由を行使することとなる。
結局、いろいろあって映画作りの情熱さえも失ってしまった彼。結局、ハリウッドでの映画作りなど自分には不可能だと諦めてオランダへと帰り、その後いっさい映画を撮らなかった。そうやって20年近く月日が流れ、ようやくもう一度、映画への情熱が沸き起こったところで結実したのが長編第2作目となる『素敵なサプライズ』だったのである。
本作をめぐっては、ヒロイン役にスカーレット・ヨハンソンを起用しハリウッド映画として製作する道もあったという。しかしここでもファン・ディムは首を縦には振らず、最終的に母国で、母国の俳優たちを使っての製作となった。頑固である。決して自分を曲げない。でもそれをきっと真の自由と呼ぶのだろう。
ふとこの映画の主人公ヤーコブと、ファン・ディム監督とが重なるような気がした。
感情を失い、両親を看取り、自分にとって大切なものなどなにひとつ無くなった主人公ヤーコブ。一時は死を望みさえしたものの、やがて愛に目覚め、もう一度、人生を歩み始めるーー。いまようやく映画への愛を復活させたマイク・ファン・ディム監督の心境がまさにそれと同じだとしたら、これから先、自由を志向しながら精一杯、創造性の羽根を羽ばたかせてくれるはずだ。
私たちはこの先、「自由の国、オランダ」と目にした時、まず真っ先にこのサプライズな映画と、監督の名を思い出すべきなのかもしれない。
■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter
■公開情報
『素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店』
5月28日(土)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
監督:マイク・ファン・ディム
撮影監督: ロヒアー・ストファース
出演:イェルン・ファン・コーニンスブルッヘ、ジョルジナ・フェルバーン、ヤン・デクレール、ヘンリー・グッドマン
配給:松竹
2015年/オランダ/オランダ語、英語、ヒンディー語、仏語/105分/原題:De Surprise
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