『さざなみ』はなぜ心理ドラマの傑作となり得たか? 女優シャーロット・ランプリングの“魔力”
新鋭監督アンドリュー・ヘイはこのように、荒涼とした現在を抽象画のように描き、心の揺らぎを表出させることに全神経を注ぐ。撮影方法も、手持ちカメラを用いないしっかりとした置き方による長回しが基調となり、対象をじっと観察する。
例えば、物語のはじめに夫婦が元恋人の報を知る際、決してその出来事はカット割りなどによって誇張されず、あくまで日常の一瞬のようにワンショット内で起きる。しかし、その夫との会話の前後では、妻の様子がどこか変化する。一瞬にして信じられていた世界に切れ目が入ったことが、カットをしないことによってより鮮明に浮かび上がる。また、先述したベッドでの思い出話におけるような、クローズショットのやり取りがある場合にも、その演出は考え尽くされている。特に、妻とある人物が切り返されず同じフレームに並ぶとき、絶対に目を逸らさないでいただきたい。そこに映るものは、夫婦の心の謎を知る重要な鍵となるのだが、決して言葉で説明されることはない。監督アンドリュー・ヘイは、どこまでも映像を信じているのだ。それゆえ獲得された気品は、何にも代えがたい価値だ。
そして最後に、本作には素晴らしいラストシーンが用意されている。かの名曲「煙が目にしみる」が奏でられるあまりにも美しく悲しいこの幕切れに、私たちは「耐える」ことができるだろうか。
■嶋田 一
主に映画ライター。87年生まれ。何を隠そう、シャーロット・ランプリングのファン。
■公開情報
『さざなみ』
公開中
監督:アンドリュー・ヘイ
原作:デヴィッド・コンスタンティン(「In Another Country」)
出演:シャーロット・ランプリング、トム・コートネイ
配給:彩プロ
原題:45 YEARS
公式サイト:http://sazanami.ayapro.ne.jp/
(c)Agatha A. Nitecka
(c)45 Years Films Ltd