ドラッグ・カルテル作品ブームの背景を分析
一大ブーム到来!? 中南米ドラッグ・カルテル作品が量産されるようになった理由
コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルをファミリーの一人であるカナダ人青年の視点から描いた『エスコバル 楽園の掟』が、先週末公開された。来月(4月9日)には今年のアカデミー賞で3部門ノミネートされたことでも話題となった『ボーダーライン』が、そして再来月(5月)には同じく今年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー部門にノミネート、キャサリン・ビグローが製作総指揮に名を連ねている『カルテル・ランド』が公開される。とりあえず「ハリウッド映画人中南米代表」のベニチオ・デル・トロは、エスコバル(『エスコバル 楽園の掟』)を演じたり、捜査に加わる謎のコロンビア人(『ボーダーライン』)を演じたりと大忙しなわけだが、近年では他にも『悪の法則』や『野蛮なやつら/SAVAGES』のような秀作もあったし、昨年は『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』のようなマニアックなドキュメンタリー作品の日本公開もあった。言うまでもなく、テーマがテーマだけに他にも日本未公開の作品はたくさんある。今や、海の向こうでは中南米ドラッグ・カルテル作品の一大ブームが到来していると言ってもいいだろう。
一口に「中南米ドラッグ・カルテル作品」と言っても、作品ごとに舞台やテイストはまったく異なる。コロンビアが舞台、イタリア人監督アンドレア・ディ・ステファノによるフランス・スペイン・ベルギー・パナマ合作映画『エスコバル 楽園の掟』は実在の人物を中心に描いたノンフィクション風味のフィクション作品だし、アメリカとメキシコの国境地帯が舞台、カナダ人監督ドゥニ・ヴィルヌーヴによるハリウッド映画『ボーダーライン』は女性捜査官(エミリー・ブラント)が主人公の完全なオリジナル作品だし、『カルテル・ランド』はアメリカ、メキシコ両国それぞれの自警団のリーダーを追ったドキュメンタリー作品である。しかし、総じて言えるのは、どれもそれぞれのジャンルにおいてとても秀でた作品であるということだ。
中南米ドラッグ・カルテルを都合のいい黒幕設定などで描いた作品は過去にもたくさんあったが、作品のクオリティ的にも事実のディテール的にもある一定のレベルをクリアした作品が量産される大きなきっかけとなったのは、やはり2008年から2013年にかけて5シーズンが製作・放送された米AMCのテレビシリーズ『ブレイキング・バッド』だろう。『ブレイキング・バッド』はアメリカ南部の田舎町アルバカーキに住む化学教師がメタンフェタミン精製やドラッグ・ディーリングに足を踏み入れるブラック・コメディ的作品で、ドラッグ・カルテルは彼と対立する存在として描かれるいわば脇役だが、メキシコのドラッグ・カルテル特有の不条理な暴力性、見せしめの生首処刑に象徴される残酷さ、そこでの人間の命の冗談のような軽さを克明に描いたことで、視聴者に大きな衝撃と(あえて言うが)興奮をもたらした。
テレビシリーズの世界で、『ブレイキング・バッド』の達成の先に、さらなる金字塔を打ち立てつつあるのが、現在もシリーズ続行中のNetflixのテレビシリーズ『ナルコス』だ。コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルとアメリカ・フロリダ州の麻薬捜査官の長年にわたる攻防を描いたその作品は、実際のところエスコバルの半生を描いた「実録もの」的な色合いが強い。先日LAで『ナルコス』のメイン・ディレクターであるブラジル人監督ジョゼ・パジージャ(母国作品『エリート・スクワッド』シリーズで名を上げ、リブート版『ロボコップ』でハリウッドに進出、その後『ナルコス』監督に抜擢された)にインタビューをする機会を得たのだが、そこで「もしかして、東映の実録ヤクザものとか観てます?」と話を振ったところ、『仁義なき戦い』シリーズへの偏愛とそこから受けた影響を嬉々として語り始め、「やっぱり!」と膝を打ったものだった。