菊地成孔の『ビューティー・インサイド』評:新しい「ゲイ感覚」に駆動される可愛い映画

菊地成孔『ビューティー・インサイド』評

そして、以下が最重要点

 4に関しては、ウォシャウスキー姉弟の『クラウド アトラス』を召還するしか無いですね。『ビューティー・インサイド』は『クラウド アトラス』と感覚的な類似性があります。

 ただ、ウォシャウスキーのお兄ちゃんのほうは女の人になっちゃったわけで、ゲイをも超えてる。人工性転換手術を受けて女になってしまうのを止められなかった人が作った、理念的にハードコアな映画で、何千万年にもわたる歴史の中で、韓国人が黒人になったりとか、いろんな人がいろんな国の人になったり、もう無茶苦茶(笑)。

 命と精神だけがパスされているだけで、体はコスチュームに過ぎない。すごい宇宙船が飛び交う未来も、南北戦争の過去も含めて、いろいろな人がいろいろな人として転生しているんだという。俳優たちも特殊メイクでとんでもない姿になって、「ええ? あの人なのコレ?」ということになるのを楽しむ映画です。キャスト全員が、特殊メイクで複数役を演じている。

 しかしミニマムかマキシマムか、綺麗かエグいか、カワイイか恐ろしいかの違いで、『ビューティー・インサイド』も根底に流れているのは、「身体は容れ物に過ぎないでしょ?」感覚ですね。

 そして5ですが、これは『キャロル』を観て下さいと言うしかありません。扱う問題は1952年当時の合衆国でのレズビアン、監督はゲイ(カムアウトしています)、しかし、あらゆるマイノリティが作る映画の長所でもあり短所でもある、「非差別者の怒り」が原動力として、可視化しがち。という側面が全くありません。フラットに自分の問題を語っている。そこが素晴らしいですね(ただ、アカデミーは、別の意味で大変素晴らしい『スポットライト 世紀のスクープ』と『キャロル』に、もう少し賞を配分した方が良かったと思います。もしそれが差別の結果だとしたら抗議すべきです)。この映画を、ひたすら綺麗、カッコいい、と称揚するだけでは、星付きレストランのデザート食べて「これ美味しいー! 甘過ぎないー!」と足をバタバタさせているのと変わりません。

この連載では毎回お約束みたいになっているので

 最後に音楽にも触れますが、音楽的には、まあ、ちと残念かなと(笑)。やっぱCMは選曲も命の仕事ですし、音楽10割いって欲しかったですが、7割りぐらいかなあと思いました。でも、大した傷ではない。素晴らしい主題歌とか流れて来たら、何倍も星数が上がっちゃいますね。そこも観心地軽くてキュートです。

 それにしても上野樹里さんは本当にいい仕事をしたなと。彼女はドラマ『ラスト・フレンズ』(08年)で、性同一性障害の役をやったことがあって。それがもう、のだめちゃんとは別人としか思えない、上野樹里は本当に演技力がすごいと言われました。ここではそこに設定のヤバさ(内面は男性。しかも不思議な設定によって、日本人だから韓国語は話せないけど、聴きとれる・笑。そして相手役のハン・ヒョジュが偶然、日本語が話せる事によって・笑、2人は<男女>としてベッドでピロートークが出来る。「カタコト効果」で可愛いのはハン・ヒョジュの方だけ)により、「男前」な顔つきが生きまくります。

 日本の俳優が、ちらっと北東アジアの映画に出てみるという例の中では大成功の部類に入ると思います。

 本当に高級な長編CMみたいな、お洒落な映画です。初長編監督作でこれだけのキャストを集められるのは(ほとんどスターしか出てない)、やっぱり映画業界よりCM業界のほうが遥かに金が動く世界だからでしょう。「人が変わるたびに5分ずつカットして、配信だけで流す配信ムービーです、全部合わせると1本になります、これはその完全版です」とか言われたら、あっ本当にそうですね、と言ってしまうような感じ。「俺、ゲイ感覚とCM感覚、超苦手なんだよね、ストーリーがご都合主義だとアタマ来るし」といった方にのみ、お勧め出来ません。

■公開情報
『ビューティー・インサイド』
2016年1月22日(金)TOHOシネマズ新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
監督:ペク
出演:ハン・ヒョジュ、パク・ソジュン、上野樹里、イ・ジヌク、キム・ジュヒョク、ユ・ヨンソク他
配給:ギャガ・プラス
2015年/英題:THE BEAUTY INSIDE/原題:뷰티 인사이드/韓国/韓国語/127分/カラー
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