宇野維正の興行成績一刀両断!スペシャル対談
2015年映画興行成績の実態は? 松谷創一郎 × 宇野維正が徹底検証
松谷「物語を作る才能は、小説やマンガに流れている」
松谷:日本の映画はいわゆる原作モノが多くて、いろんなメディアが集合する場になっているのも特徴的です。最近では特にマンガ原作が多いのですが、この傾向は2000年代に入ってからなんですよ。そのきっかけになったのが2002年の『ピンポン』で、2005年の『NANA』でさらにその傾向が加速した。で、去年は『暗殺教室』や『進撃の巨人』、『寄生獣』などが公開されています。面白いのが、『ヒロイン失格』や『ストロボ・エッジ』といった、マンガ好きじゃないと知らないような作品まで映画化されて、しかもヒットに繋がっていること。正月やGWや夏休み以外の、映画興行が奮わない春とか秋くらいに、若い女の子たちの観客を掴む成功スキームが確立されたといえるかもしれません。福士蒼汰みたいなイケメンの若手俳優に、有村架純みたいな旬な女優を起用して、ヒットを狙うと。こうした作品は、若手を使うのでギャラを抑えられ低予算で作れるので、うまいやり方ですよね。
宇野:少女マンガ原作映画も含めた、一連のティーンムービーの勢いは最近、特に感じています。『妖怪ウォッチ』と『スター・ウォーズ』と同じタイミングで公開された『orange-オレンジ-』があれだけ善戦したのは象徴的ですよね。“マンガの映画化”という文脈は今、邦画においてテレビドラマ映画化作品を引き継いで確実にメインストリーム化している。
松谷:そうでしょうね。先ほどのグラフ(※図1)でいうと、オレンジとグレーのところが“マンガの映画化”に当たるんですけれど、ここが年々増えていることがわかります。
宇野:以前、Netflixの日本法人代表であるグレッグ・ピーターズ氏に取材した際に、なぜ日本に重点的に資本投下しているのかを訊いたんです。実はNetflixのアジア支部はシンガポールにあるんですけど、日本ではそれとは別に大きな支部を設立している。つまり、アジアの中で完全に特別扱いされているんです。中国や韓国でもあれだけ映画界が活発になっているのに、どうして日本だけ特別視するのかって。現在進行形で世界的に成功している映画監督だって多いわけではないし、映画業界も構造的な問題を多く孕んでいるのに。そうしたらピーターズ氏は「確かに日本の映像界には未熟な部分はあるかもしれない。でも、日本は物語の宝庫なんですよ」と言っていて、それにすごく納得させられたんです。たしかに映画の作り手については他国に比べて決して充実しているわけではないのかもしれないけれど、世界に売り出せる物語がまだザクザク埋まっているっていうんですね。マンガコンテンツは、そのひとつなのでしょう。
松谷:その通りだと思います。僕は映画オリジナル作品がいまいちなのは、映画界に物語を作ることができる人材が流れていないからだと思っています。オリジナルで勝負できる人も多くない。だからマンガ原作に頼らざるを得ないんじゃないか。インディペンデントではオリジナル作品も多いですが、80年代と比べるとすごく減っています。実際、インディペンデントのオリジナルは、マンガだったら新人賞にも入選しないようなレベルばかりです。
宇野:専業の映画脚本家っていうのは、もう日本では生活が成り立たないんでしょうね。オリジナルの作品についても、西川美和監督や是枝監督を筆頭に、作家性の強い監督が自分で書いているケースがほとんど。あるいは、もともと作・演出が基本の演劇界からの人材が映画界に流入してきている。オリジナルの脚本を映画用に書く、旧来の意味でのシナリオライターの仕事は、専業のプロフェッショナルとしてはほとんど成立していないという印象です。
松谷:テレビドラマ界だと、坂元裕二さんや奥寺佐渡子さんが活躍していますが。坂元さんはあれだけ優れた脚本を書くのだから、過去には映画でのチャレンジもしているけれど、ぜひまた映画でも手腕を発揮してほしいですね。いずれにせよ、物語を作れる人は小説家かマンガ家になるのが、ずいぶん前から日本だと普通なんだと思います。海外だとマンガが弱いから、映画界に才能が流れているという面はあるのかもしれません。
宇野:そうですね。だからこそお金も流れるという。「日本の映画はマンガ原作ばかりだ」という批判もあるけれど、そもそも産業構造的に仕方がない。映画会社が人材発掘をしないとか、もはやそういうレベルの話ではないですよね。
松谷:マンガ界だと、売れていないけれどすごい才能の持ち主はゴロゴロいて、でもあまりパッとしないままに消えていくケースもあるんです。そういう人を映画会社が引き抜いて、オリジナルで脚本を書かせてみたらいいんじゃないかと、僕は思うんですよ。たとえば、『ネメシスの杖』などの朱戸アオさんは、素晴らしい作品を描くので、映画の脚本を書いても面白いはず。作品を読めばわかりますが、朱戸さんが映画の影響を強く受けていることは一目瞭然ですしね。
宇野:現場の生の声を聞くと、原作がないととにかくお金が集まらないという話もよく聞きますね。今の映画界は、すでにカタチになっているものがないと、お金は動かないということですね。これはほんの一例ですけど、黒沢清監督がある時期あまり映画を撮れなかったのは、映画界の人たちから「あいつはオリジナルしか撮らないんだ」って誤解されていたからだそうです。『贖罪』で原作モノを手がけてから、急に仕事がくるようになったという。逆にいえば、別に原作が有名作品やヒット作品ではなくても、会議の机に「これを映画化したい」という原作があれば、途端に企画が通りやすくなるんですよね。
松谷:そこにはプロデューサーの問題もあって、結局は企画が大切なんです。その話だと、黒沢監督とこの原作を結びつければ絶対に面白い映画が作れると確信を持てるプロデューサーがいるかどうかがなんですよね。でも、今のプロデューサーの多くは、売れているマンガを人気のキャストで実現できればヒットする、というふうにしか考えません。それで面白くなればいいけれど、失敗すると『進撃の巨人』のような作品になってしまうわけです。
宇野:去年の話となると、やはり『進撃の巨人』は避けて通れませんよね。(日本映画製作者連盟・最新映連発表資料)
松谷:前編の興行収入が32.5億円で、後編が16.8億円だから、ほぼ半減しています。『寄生獣』は前編が20.2億円で後編が15億円だから、大体75%になっているわけですけれど、これが普通なんですよね。『進撃の巨人』が前編でいかにお客さんを裏切ったかが数字でも明確にわかります。こういう映画にしないために製作委員会があったはずなのに、結果的にはビジネススキームしかなかったということの証明でしょう。予算的にはおそらく黒字にはなっている。ただ、日本映画はこういうことの積み重ねで信頼を失ってきたということは忘れてはならないと思うんです。
宇野:うん。そうですね。
松谷:フジテレビ映画の興行収入も『少林少女』(2008年)あたりから落ちています。あの映画は15億のヒット作になったけれど、あまりにも内容がひどかったのでその後の映画作品にも影響したと考えられます。『少林少女』は、「フジテレビ映画」というブランドに強いダメージを与えてしまいました。
宇野:たしかに、キャストや原作の力で集客できても、実際の作品がつまらないということが続いたら、信頼は落ちます。一方でアニメはいうと、昨年は『心が叫びたがってるんだ。』がヒットしましたね。久々にジブリ・細川以外のオリジナル作品で、10億超えしたという。オリジナル作品を期待できるのは、そこですよね。
松谷:『心が叫びたがってるんだ。』は大規模公開ではないのに10億超えですから、本当に大ヒットですよ。
宇野:不思議な逆転現象ですよね。マンガ原作の実写映画が量産されて、批判も多い中、アニメのオリジナルで秀作が作られているというのは。多分、国外セールスとかを考えても、オリジナルアニメの方が可能性はあるのかもしれない。
松谷:手堅くお客さんも入るし、マーチャンダイジングでいろいろな商品も売れるし。ただ、アニメの作り方の問題ももちろんあります。脚本をちゃんと作って、それを回してみんなで確認するという制作スキームがない作品もあるみたいなんですよ。絵コンテからいきなり書き始めるみたいな。そうなると、クオリティのコントロールも難しくなってしまう。たぶんそのあたりは今後、改善されていくのだと思いますけれど、作家性が強くても許されるのが今のアニメ界隈なんだと思います。