2015年映画興行成績の実態は? 松谷創一郎 × 宇野維正が徹底検証

松谷「映画館ならではの体験について、真剣に考えるべき」

松谷:映画館は常にテレビから影響を受けながらも共存してきましたが、そのときの最大のアドバンテージは映像の解像度と大画面でした。しかし、解像度は4Kテレビの出現で並ばれてしまった。さらにこれだけ配信とかの環境が整ってきた中で、映画館が生き残る道の一つは、やっぱりアトラクション化なんですよね。映画研究者のトム・ガニングが書いた「アトラクションの映画」という有名な論文があるんですけれど、リュミエール兄弟が発明した直後の初期映画では、映画文法もまだ確立されていなくて、ただびっくりするような映像ばかりだったんです。例えばウェイトリフティングの人が、ずっとそれを上げ下げしているような。アトラクションの映画とはそうした見世物的な映像を指すのですが、昨今の4Dの魅力はその方向性に近づいている。要は、映画館に行かなければできない体験を提供すると。

宇野:その歴史は理解できますが、今年でいうと『ヘイトフル・エイト』とか、『レヴェナント: 蘇えりし者』とかは、そういうわかりやすいアトラクション作品ではないけれど、映画ならではのスペクタクルを追求している作品で、イニャリトゥやタランティーノはそこでまだ本気で戦っているんですよね。実は彼らの作品にこそ、映画館に行かなければできない本当の映画体験がある。

松谷:『レヴェナント』の撮影監督であるエマニュエル・ルベツキは、『ゼロ・グラビティ』や『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』も撮っていますよね。ああいう作品は、たしかに映像体験として至高のものがあります。ただ、あそこまでやらないと、映画館ならではの価値を生み出さないのかもしれません。

宇野:だからこそ、ルベツキは今引っ張りだこになっているんでしょうね。

松谷:そうなると、アクションでもなくCGがすごいわけでもなく、3Dでも4Dでもない日本映画を、これから映画館に行って楽しみたいかというと、ちょっとわからない。そこは一度、真剣に考えたほうがいいと思うんですよ。こういうと怒られるかもしれないけれど、正直、『海街diary』とかなら、僕は家で観ても十分なんです。大画面のテレビで映画と同等の解像度ですから。

宇野:うーん。まあ僕は広瀬すずちゃんのしたたる汗を映画館の大画面で楽しみたいですけどね(笑)。ただ、松谷さんの意見の方が今の観客のリアルに近いかもしれない。

松谷:Netflixがあって、Amazonビデオがある中で、映画館にわざわざ行くのって、やっぱり面倒くさいことですよ。でも韓国だと、国民一人当たりの鑑賞数が今や日本の4倍くらいです。それは以前、リアルサウンドでも書いたように社会意識みたいな強さというのもあるのかもしれないけれども、それ以上に、彼らが映画館で映画を観ることの楽しさに気づいたということだと思うんです。(参考:なぜ韓国人は『ベテラン』に熱狂したのか? 社会問題をエンタメ化する韓国映画の特性

宇野:中国でも、ずっと海賊版DVDや違法サイトでしか映画を見ていなかった人たちが、一気に映画館に押し寄せたのが今の活況を生み出している。だとすると、日本でも最近はテレビも持っていない若い子が増えていて、全部スマホやパソコンで映画を観ているっていうから、逆に映画館の価値は高まっているのかもしれない。

松谷:でもそういう人って、もともと映画も観ないんじゃないですか?

宇野:まあ、そうかも……。でも、自分は仕事上仕方なく試写によく行きますが、映画館で観る映画が一番ですよ。深夜にふらっと車でシネコンに行って、誰も入ってない映画館で一人ぼっちで映画を観る、あの楽しみを多くの人に知ってほしいですけどね。

松谷:たしかに、深夜一人映画は楽しいですが(笑)。ただ、映画に限らず産業は経済合理性に従う傾向があるので、配信で儲かるようになれば一気にそっちに流れるでしょうね。

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左・松谷創一郎、右・宇野維正

■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)発売中。Twitter

■松谷創一郎
1974年、広島市生まれ。ライター、リサーチャー。商業誌から社会学論文、企業PR誌まで幅広く執筆し、国内外各種企業のマーケティングリサーチも手がける。得意分野は、映画やマンガ、ファッションなどカルチャー全般、流行や社会現象分析、社会調査、映画やマンガ、テレビなどコンテンツビジネス業界について。新著に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(原書房/2012年)。

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