石野卓球とピエール瀧が明かす、電気グルーヴの四半世紀「『N.O.』は今歌っても恥ずかしくない」

石野卓球とピエール瀧が明かす、電気グルーヴの四半世紀「『N.O.』は今歌っても恥ずかしくない」

「『N.O.』は四半世紀前に作った曲だけど、今歌っても恥ずかしいと思うとこ、照れくさいと思うとこが一ヵ所もない」(石野)

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──あとこの映画は、「N.O.」も構成の軸になっていますよね。サントラ盤(『DENKI GROOVE THE MOVIE? ‐THE MUSIC SELECTION‐』12月23日リリース)には、新録の「N.O.」が収録されると──。

瀧:まあ俺が観てて思ったのは、この映画の中の、十三ファンダンゴの初めてのライブの映像でも「N.O.」やってるし、いまだにやってるじゃない? 最近やってる曲のラインナップの中でもいちばん古い曲でもあるし、フェスのあの場面でやってもサマになるし、小さいハコでやってもサマになるじゃない? っていうところなんだと思う。長くやってる楽曲っていうとこもあるだろうし、体験から作った曲でもあるから嘘がない、っていうところもあるから、ちょうどいい感じなんじゃないかな。

石野:まるで自分が作った曲のように。作詞作曲、俺だからね?

瀧:そうだよ?

石野:(笑)。

瀧:そうだよ? おまえの曲だよ?

石野:でもさ、1回目のライブでやってて、いまだにやってる曲ってあの曲だけでしょ? 「電気ビリビリ」はあの時まだないでしょ。

瀧:だから、そう、この映画のみっちゃん(中山道彦・SMA代表取締役)のインタビューでも言ってるけど、楽曲としても強いものがある、っていうのは、当初からみんな思ってたわけ。で、それのリリースまでの紆余曲折もあったりして。でも、そういういろんな出来事に負けない感じがあるじゃない、あの曲って。いつ歌っても形になるし。っていうところと、なんだかんだ言っていまだにやってる電気グルーヴ、っていうところが、かぶって見えたんじゃない? 大根さんは。

石野:四半世紀ぐらい前に作った曲じゃない? 25年ぐらい経ってて……ほかの曲って作った時と気分が違ってたり、あと「若えな」とか「幼いな」って恥ずかしかったりするんだけど、それ、この曲はないんだよね。この前も新録するので歌ってみたら、恥ずかしいと思うとこ、照れくさいと思うとこが、まったく一ヵ所もなくて……あ、でも、ハンバート ハンバートっているじゃない? 彼らが「N.O.」をカバーしてるのをYoutubeで観て。一ヵ所だけ歌詞を変えてたのね(「思う脳ミソ ホントはネガティブ」を「思う頭はホントはネガティブ」に変えている)。「あ、そっちのほうがいいな」と思って(笑)、そっちに変えて歌ってみたんだけど、25年歌い慣れてるから、やっぱ違う歌詞だと歌えなくて、結局元に戻して。で、歌ってて「なんで恥ずかしくないんだろうな?」って思ったら……若くておカネなかった頃に作った歌だから、ああいう歌詞だし。でも今はカーテンもあるし、花ビンも4つぐらいあるし。でも嘘がないし、そういう普遍的なところがあるから恥ずかしくないんだろうな、っていうのを、歌いながらつくづく思ったんですよ。結成してすぐの頃、クリスマスの日にデモテープを録ろうって……この曲と「電気ビリビリ」ができて。

瀧:うん、電話かかってきて。

石野:な。「すごい曲ができた、録るから来てくれ」って──その時に言ってたすごい曲っていうのは「電気ビリビリ」なんだけど。こいつがこれから彼女とどっかに遊びに行こうって時に電話して、しぶしぶ現れて、「歌ってくれ」って「電気ビリビリ」を録って。そのデモテープが足がかりになって、広がっていくことになるんだけど……そのテープを当時の瀧の彼女が聴いてさ、「この『N.O.』って曲がすごい」って。自分ではわかんなかったのよ。その頃はヒップホップとかのほうに行こうとしてたから、どっちかというとフォークソング的な色合いが濃い曲だから。自分ではあんまり新機軸って感じではなかったんだけど、その子が「この曲は哲学だよ」って言ってて。何のこと言ってんのかさっぱりわかんなかったんだ。「さっさとクリスマスパーティーに行きてえんだな」と思って。

瀧:トンガリ帽子で現れてるからさ(笑)。

石野:でもそれはすごく憶えてる。

瀧:「N.O.」ってスタイルじゃないじゃん? その時の気分だったりスタイルじゃなくて、むき出しだし、本音の部分だから。しかも、最初っから今までずっとある、電気と共に歩んだ曲ってことじゃん。そこの部分で、すごく芯が強いものがあるんだろうね。だって、ライブとかやってて──こいつが歌ってて俺まったく歌わない曲だけど、自分の曲って感じもちょっとあるもん、だって。

石野:だからさっきみたいに、自分が書いた曲みたいなことを(笑)。しかも五線譜使って書いたみたいな。

瀧:「この曲をひらめいた時に──」。

石野:「この曲を初めて卓球に聴かせた時──」。

瀧:「あいつの目の色が変わったんだ」。

石野:(笑)。

瀧:「憎しみで」だって(笑)。

石野:「それ俺の曲じゃねえか!」。

瀧:「つかみかかってきたのだ」。

石野:既成事実として自分のものにしようとしている瞬間。でかいものほど逆に万引きで捕まらない、堂々とレジを通るっていう(笑)。でもね、この間のレコーディングの時も──ボーカルトレーニングもしてなきゃカラオケも行かないしさ、なんの日常的な喉のケアもしてないんだけど、歌ったらいまだにオリジナルのキーで歌えてさ。最近あとでピッチ直したりするじゃない? 普通歳とってくるとさ、半音ぐらい低くなっていくんだけど、俺は半音ぐらい高く歌ってて(笑)。恥ずかしいのと誇らしいのと、複雑な心境。だからもう歌いません(笑)。

「『やめるって言うんじゃねえかな』っていう素振りを見せて、『やめるやめる詐欺』をしてた」(石野)

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──電気が活動休止をしていた時どう思っていたかという質問に対して、中山さんも、山崎(洋一郎)さん(ロッキング・オン・ジャパン総編集長/ロッキング・オン編集長)も、マネージャー道下(善之)さんも、「いつか再始動するはず」とは思ってなかったという。特に山崎さんと道下さんは「これで終わりなんだろうなあ」と。

瀧:ああ。たぶん、『VOXXX』の内容に対して、その人たちが整理がついてなかったんじゃないかな。みっちゃんも「出し尽くした感がある」って言ってたけど、あのアルバムに客観的に接することができなかったんじゃないかな、当時。あのアルバムを整理しないと次には行けないんだけど、それを整理するにあたっての指針やデータが自分の中にあまりにもなさすぎるんで、そのまま空中分解しちゃうのかな、と思ってたんじゃないかな。これを踏まえて次のステップ、っていう時に、どの位置にステップしたらいいのか、みんな思いつかなかったんじゃないかな。

──おふたり的には、当時は?

石野:やめるつもりはなくて。「やめるって言うんじゃねえかな」っていう素振りを見せて、「やめるやめる詐欺」をしてた(笑)。大仁田厚の10回目の引退試合みたいな感じ。

瀧:やめる気はなかったね。

石野:でもそうすると、みんな注目してくれるから(笑)。

──その休止状態から、エンジンがかかりそうなる、かからない、またかかりそうになる、やっとかかった──っていう時期が、この映画のヤマになってますよね。

石野:そのきっかけを作ったのはケラさんでしょ、やっぱり。

──そうですよね(2007年にケラリーノ・サンドロヴィッチ監督で大槻ケンヂの小説『グミ・チョコレート・パイン』を映画化、電気に主題歌を依頼。電気は「少年ヤング」を書き下ろした)。

瀧:『VOXXX』を出したあとに、自分たち発信で次の何かを探して「ここだ!」っていうところを見つけて始めるのは、なかなか腰を上げにくいところがあった中、「こういうのを作ってくれ」ってオーダーがきた、縛りがあるところからスタートできた、っていうのは大きかったと思うけどね。360度どこに足を踏み出してもいい状態じゃなくて「ここからここの間に踏み出してください」っていうところだったから、それが指針になって、ほかの曲もどんどんできていった、っていうところもあるとは思うし。シンコ(スチャダラパー)がこの映画の中で、「その頃は誰か死ぬんじゃないかっていうような時期だった」って言ってたけど……同じようなバンドの連中が10何年やってて行き詰まりを迎えてて、でもうちらはバンドを止めて、各々で活動することができたので、それに対して早く手を打てた、ってことなんじゃないかと思うけどね。当時、理路整然とそう考えてたわけじゃないけど、それはなんとなく感覚でわかってたんだと思う。

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