「読書」は一夜にして世界を変えるーー『リトルプリンス 星の王子さまと私』のメッセージ

『リトルプリンス』に隠されたメッセージ

文学という「悪友」との出会いを描く物語

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 新しく作られたオリジナル・ストーリーは、友達のいない一人の女の子が、かつて飛行士であった風変わりな老人と出会い、絆を深めていくというものだ。女の子の父親は家庭を顧みない会社人間で、離婚し家を出たため、彼女は母親とふたりで生活をしている。いまも父親は誕生日のプレゼントを郵送で送ってくれるが、箱を開けると、中に入っているのは、いつもスノー・グローブ(ひっくり返すと雪が降るように見える置物)である。これは、彼女の父親が、娘の成長に無関心で、想像力を持たない人間であることを示している。母親は、娘が名門校に入り、規則正しい「完璧なスケジュール」を守らせることが幸せにつながると信じ、英才教育に打ち込ませようとする。だが、その試みは綻びを見せる。全て管理されたマニュアル的な対応しか詰め込まれていなかった女の子は、名門校の入学試験の面接で、想定していなかった質問をされたことで、パニックを起こしてしまう。彼女は、全て母親の言うとおりに行動してきたことで、自分でものを考えることに慣れていなかったのだ。

 引っ越し先で友達もいず、毎日のスケジュールをこなしていく女の子は、隣りに住んでいるおじいさんと出会うことで、新しい世界への扉を開くことになる。彼は、かつて飛行士であり、砂漠に墜落したときに星の王子さまと出会ったという過去を、女の子に語ってくれる。おじいさんの家ではシャンソンが流れ、サン=テグジュペリがよく飛行機で立ち寄った南米や、各地の雑多な品々にあふれている。女の子が閉じ込められた幾何学的な直線で単色の家と、おじいさんの、丸みを帯びたカラフルな家や庭は対照的である。

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 女の子と「星の王子さま」の物語との出会いは、彼女が勉強中に、おじいさんの絵と文章が書かれた紙飛行機が飛んできたことで表現されている。「星の王子さま」の物語とともにやって来る、本作で描かれる女の子とおじいさんの出会いは、そのまま魅惑的な「読書体験」の暗示でもあるといえるだろう。例えば、学生の頃に、勉強中に開いた国語教科書に載った文学作品に心惹かれた経験がある人は少なくないだろう。モーパッサンの「ジュール叔父」でフランスから英国領への船旅を経験し、ヘッセの「少年の日の思い出」で魅惑的な蛾のコレクションを鑑賞し、魯迅の「故郷」で中国の山河を望むなど、文学作品は、多くの学生が活動する狭苦しい生活圏の中で、豊かな外界の香りを運んでくれる「文化への窓」である。それらは、必ずしも優等生のための物語でなく、むしろ、学生を外の世界の文化に引きずり込み、レールを外れさせる「魅力的な悪友」にもなり得る。本作のおじいさんというのは、女の子にとって、そういう役割を担っているように思える。

 しかし、文学作品の世界は、危険な場所でもある。文学と死がいつも隣り合うように、そこには人を喰い殺す虎もいるし、果てしなく深い谷が口を開けていることもある。文学に触れることで、人生の歯車が狂わされる可能性もある。いま挙げた作品は、人生の負の部分にフォーカスした文学である。しかし、だからこそより深い真実に到達することができるのである。本作は、文学のそういった側面にも迫っていく。

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