“宇宙最強”のアクション俳優、ドニー・イェンの魅力と凄み そのサクセス・ストーリーとは?
香港の映画スターには、スケールの大きい煽りがつくことが多い。『男たちの挽歌』などのチョウ・ユンファの場合は「亜州映帝」、『片腕ドラゴン』のジミー・ウォングの場合は「天皇巨星」などがある。そんな香港映画界で今「宇宙最強」と称される俳優がいる。それがドニー・イェンだ。そのアダ名のスケールの通り、彼は間違いなく現存する世界最高のアクション映画人だ。ここ日本では熱烈なファンから「ドニーさん」と呼ばれて親しまれているが、ジャッキー・チェンやブルース・リーに比べると、知名度はまだまだ低い。
『スターウォーズ』シリーズへの出演が決定し、先日から主演作『カンフー・ジャングル』の日本公開が開始され、マイク・タイソンとの対決シーンで話題の『葉問3』の予告編も公開された。世界的に盛り上がりを見せる現状は、ドニーに入門するには絶好のタイミングだと言えるだろう。そこで、今回はドニーのキャリアをまとめ、その魅力と凄みを総括したい。この記事がドニーの入門窓口となれば幸いである。
ドニーは1963年に生まれた。武術家の母から歩き出す頃には武術を仕込まれ、その後、中国の専門の学校に進学して武術を学ぶ。とは言え、真面目な優等生だったわけではなく、かなりヤンチャな生徒だったようだ。当時からブルース・リーの熱烈なファンだったドニーは、程なくして『マトリックス』で国際的に知名度を上げたユエン・ウーピンと出会い、映画界に入る。そして『ドラゴン酔太極拳』で主演デビューを飾る。その後、数年のブランクを経るが、再び映画に復帰。脇役でキレのあるアクションを見せながら、順調にキャリアを積み、ジェット・リー主演の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地大乱』で悪役を演じ、リーと演じた変幻自在の格闘シーンが高く評価された。しかし、本格的な大ブレイクは訪れなかった。悪役・脇役は多かったが、主演映画は少なく(傑作TVドラマ『精武門』では主演を務めたが)、いわゆる「知る人ぞ知る」という立ち位置に留まっていたのである。
そんな現状を打破したかったのか、90年代後半になると、自ら監督し、主演した『ドラゴン危機一発’97』を発表する。「俺の活かし方は俺が一番よく知っているんだ」とばかりに、低予算ながら迫力あるファイトシーンを作り上げ、格闘映画ファンの間で大いに話題になった。勢いに乗って監督主演第2作『ドニー・イェン/COOL』を発表するが、ここでドニーの悪い癖が出てしまう。それこそがドニーの最大の個性である、過剰なほどのナルシズムだ。実際ドニーは二枚目であるし、映画スターともなれば、ナルシズムは大切な才能だ。だが、この映画ではそれが行き過ぎた。全編を通してドニーのPV的な要素が強く、肝心の格闘シーンはほとんどない。銃撃戦メインの映画だったが、予算の限界か、見せ場というには地味すぎた。元々低予算だった上に、制作中のトラブルも重なり、同作の現場はかなり過酷だったという。ドニーの監督主演シリーズは同作で打ち止めとなった。
しかし、それでもドニーは歩みを止めなかった。ゼロ年代に入ると、ドニーは裏方として活躍を始める。香港映画は勿論、ハリウッド映画やドイツのTVドラマなど、様々な場所でアクション監督を務めた。また、チャン・イーモウ監督の超大作『HERO』ではジェット・リーと格闘シーンを演じ、アクション俳優としての現役感を強くアピールする。
そして2005年、満を持してドニーは1本の映画に主演する。監督は人間ドラマに定評のあるウィルソン・イップ。脚本は現代香港ノワールの旗手ジョニー・トーとの仕事で知られるセット・カムイェン。共演はジェット・リーの後継者と目される期待の新鋭ウー・ジン、そして香港アクションの大御所サモ・ハン。まさに盤石の布陣で制作されたその映画こそ、『SPL/狼よ、静かに死ね』である。ウー・ジン、サモ・ハンとの総合格闘技をミックスした迫力あるファイト・シーンは大いに話題になり、映画はヒットした。