連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2026年5月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は五月刊の作品から。

酒井貞道の一冊:川瀬七緒『ビューティフル・ワースト』(光文社)

大別すればイヤミス、でも実態は世相をリアルに切り取る社会派。主役級の登場人物がドツボにハマっていくタイプの作品なのに、読者は、他人事を窃視するような楽しみ方が許されない。5人の視点人物の人格面の歪みが、ウェブやカネにまつわる世相を反映したトラブルに、迫真性をもってがっちりと噛み合う。一歩間違えれば、自分もこうなっていたのではないか。家族や友人は実はこうなのではないか。そんな不安が付きまとう。しかも展開は、ある程度までは予想できるがやがてその想定を超えてくる。川瀬七緒の不穏な至芸が光る逸品である。

千街晶之の一冊:芦沢央『あなたが正しくいられたとき』(文藝春秋)

 たとえ内容自体はバッドエンドであろうとも、切れ味のいい短篇小説を読むと気分がすっきりする。芦沢央『あなたが正しくいられたとき』は、そんな爽快感を味わえる短篇を集成した一冊だ。かねがね著者のことは、連城三紀彦のミステリ作法を最も体得し、なおかつ自分なりのやり方で作風に取り込むことに成功した作家だと思っているが、本書もその美点が色濃く出た作品集で、特に表題作は幕切れの一行に至るまで溜め息が出るほど巧い。一方で、倒叙ミステリのパロディみたいな作品も含まれていて、次に何が飛び出すかわからない点も楽しい。

若林踏の一冊:佐々木譲『横浜共同租界』(光文社)

 近年、歴史改変SFの要素を取り入れた警察小説や冒険小説に挑んでいる佐々木譲だが、今度は何と並行世界を舞台にした私立探偵小説に挑んだ。第二次世界大戦後の講和と引き換えに五か国が統治する共同租界となった現代の横浜で、免許を持たない私立探偵が人探しの依頼を発端に複雑な構図を持つ事件に巻き込まれていく。米国で書かれた数多の私立探偵小説を想起させる展開に笑みを浮かべつつ、現実の日本社会が抱える危うさを鋭く抉る描写の数々に思わず唸る。懐かしさと新しさが交じり合った、パラレルワールド私立探偵小説の傑作である。

梅原いずみの一冊:芦沢央『あなたが正しくいられたとき』(文藝春秋)

 芦沢央の短編の切れ味が一段と鋭くなっている。今作はノンシリーズの6話が収録された短編集で、やっと書き上げた渾身作がネタ被りしていた作家、〝頭のいい子〟が育つ家、コロナ禍で行われた将棋のタイトル戦などバラエティ豊か。同時に、どの作品にも無意識の思い込みに冷たいナイフをすっと差し込まれるような瞬間があり、同窓会で再会した元恋人の不審な行動に端を発する表題作はその仕込み方が大変巧い。ミステリードラマの台本を参考に密室を作るアイドルが登場する「薄着の女」は、トリッキーさと遊び心の両面から本格好きに推す!

藤田香織の一冊:桜木紫乃『異常に非ず』(新潮社)

 モデルとなっているのは、1979年大阪の住吉区で発生した銀行強盗事件。猟銃で居合わせた客と行員を人質にとった犯人は警官を含む4名を射殺し立て籠るが、翌々日、突入した狙撃体により射殺された。事件当時30歳だった犯人の花川清史は15歳のとき、強盗殺人を犯していた過去もあった。物語は事件発生から、たった30年の人生で5人も殺した花川は、どんな人間だったのかを掘り下げていく。花川の母、元恋人、「あいつは異常やない」と言い切る新聞記者。それならば、なぜ、どうして花川清史はこうなったのか――。いやもう人間って! と脳が沸騰する凄みよ。

杉江松恋の一冊:西式豊『処刑館殺人事件』(早川書房)

 ミステリー作家を志して同じ小説講座に通ったことがある6人が山奥の館に集まると招待主は不在で、やがてお前たちは罪人だから殺す、という自動音声が流れてくるという展開はまんまクリスティー『そして誰もいなくなった』である。原典をかなり意識した展開になっていて、音声が流れてくる前の小休止場面、6人の内的言語が順番に綴られる箇所などもちゃんと再現されている。それだけではなく、2000年代に発表された某名作を意識したと思しき要素もあり、マニア心をくすぐられる一作だ。アイデア量の多さでは今月いちばんではないかと思う。

 短篇集に2票が入りましたが他はばらばら、館ミステリーから犯罪者小説、社会批判の色彩強いスリラーにSF的設定のある私立探偵小説と、またも多彩な一月になりました。次はどうなりますことやら。どうぞお楽しみに。
※橋本輝幸さんは今月おやすみです。

■書誌情報
『道玄坂上ミステリ監視塔』
著者:梅原いずみ、酒井貞道、千街晶之、藤田香織、若林踏、杉江松恋
価格:2,700円+税
発売日:2026年4月5日
出版社:blueprint

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