横溝正史作品におけるイラストレーター・杉本一文の存在 二つの装画集からみる、傑作たる所以

 1970年代以降、角川文庫で横溝正史作品を初めて知った世代にとって、杉本一文というイラストレーターの名は忘れ難いものだろう。

 同文庫の横溝作品の表紙を飾ったのは、数点を除く大部分が杉本の絵だった。不気味な老女と鎧武者が描かれた『八つ墓村』、人形のような童女が毬をつく『悪魔の手毬唄』、黒い和装の女が洋館を背景に佇む『犬神家の一族』、男たちの手が美女に覆い被さる『女王蜂』、結婚写真の花婿の顔が風鈴で隠された『病院坂の首縊りの家』等々、幻想的で耽美的、時にはグロテスクでエロティックなイラストの数々は、「横溝正史といえば杉本一文」というイメージを読者に強烈に植えつけた。

 1947年生まれの杉本は、1970年に出した自費出版の画集が角川書店(現・KADOKAWA)の編集局長だった角川春樹の目に留まったことがきっかけで、1971年に筒井康隆『幻想の未来』角川文庫版の表紙を依頼され、続いて同年から横溝作品の表紙を一手に引き受けることになった。1997年、50歳になったのを機に銅版画の制作を始めるなど、画風の変遷はあるものの、今なお高い人気を保つイラストレーターである。

 昨年(2025年)、その杉本が横溝作品のために描いた装画を集成した『公式 角川文庫横溝正史カバー画集』が、「角川書店創立80周年記念出版」としてKADOKAWAから刊行された。しかし、ファンの方はご存じだろうが、2017年にアトリエサードから既に杉本の画集『杉本一文『装』画集〜横溝正史ほか、装画作品のすべて』が刊行されている(2022年には、横溝正史生誕120年を記念した新装版『杉本一文『装』画集[新装版]~横溝正史ほか、装画作品集成』も出ている)。この画集と、今回の『公式 角川文庫横溝正史カバー画集』はどう違うのだろうか。

『杉本一文『装』画集〜横溝正史ほか、装画作品のすべて』(アトリエサード)

 まず『杉本一文『装』画集〜横溝正史ほか、装画作品のすべて』について紹介しておこう。2000年代に入って、杉本の原画の展覧会がしばしば催されるようになり、その好評から刊行に至ったのがこの画集である(杉本のあとがきによると、2007年に彼の個展を開いた東京のスパンアートギャラリーのオーナー夫妻が刊行を強くプッシュしたようだ)。メインとなっているのは横溝作品のための装画であり、その大部分が収録されているため、画集の刊行を長年待ち望んでいた杉本ファン、横溝ファンを歓喜させた。

 のみならず、角川文庫の半村良や土屋隆夫など、他の作家のための装画も多く収録されているが、作家ごとの作風に合わせて杉本も画風を変えていることがわかるようになっており、特に土屋隆夫の装画は横溝装画の極彩色とは異なる印象なので、杉本の絵と気づかなかった人もいたのではないか(横溝装画のうち2018年の『丹夫人の化粧台』や2021年の『雪割草』を見るとわかるが、最近の杉本の画風はむしろこちらに近づいている)。杉本の画風の特色を「『イメージのオブジェ化』と、『スペクタクル(見世物)化』、そして具象を二重、三重と掛け合わせる事で生まれる、『異常な緊張感』である」と指摘した、巻末の元木友平による杉本一文論も読み応えがある。

『公式 角川文庫横溝正史カバー画集』(KADOKAWA)

 一方、今回の『公式 角川文庫横溝正史カバー画集』のほうは、横溝作品のために描いた絵に限定し、それを集成する意図で制作されたと思われる。『杉本一文『装』画集~横溝正史ほか、装画作品のすべて』に未収録だった絵も、角川文庫版に限って言えばほぼ網羅されている。

 また、『杉本一文『装』画集〜横溝正史ほか、装画作品のすべて』では作品によって写真の大小があったが、『公式 角川文庫横溝正史カバー画集』では全作品が1ページを使って紹介されており、幻想的な絵柄の迫力と、エアブラシを用いたリアルな質感が細部まで堪能できる。『八つ墓村』や『獄門島』などの代表作では横溝作品の本文からの抜粋も添えられている。

 また、『公式 角川文庫横溝正史カバー画集』は、ヴァージョンが複数ある絵(例えば、『八つ墓村』や『悪魔の手毬唄』なら杉本の絵が2種類、『獄門島』や『犬神家の一族』なら3種類ある)が第何版から新しいものに差し替えられたかなどの情報が極めて充実している。杉本のロングインタビューや年譜も詳細なものであり、KADOKAWAから刊行されただけのことはあると感心させられる。1977年発売のレコード『横溝正史MM(ミュージック・ミステリー)の世界 金田一耕助の冒険』のジャケット画や、2014年に「小説 野性時代」に掲載された「鬼火 オリジナル版」の扉絵など、書籍以外のイラストからも紹介されている。

 ただし、網羅されているようでいて抜けがあることは指摘しておかなければならない。気づいた限りでは、角川文庫の装画では『金田一耕助のモノローグ』が収録されていない(理由はわからない)。ハードカヴァーの単行本で出た本の装画では、『悪霊島』や、双葉社から出た『青蜥蜴』は収録されているが、『病院坂の首縊りの家』と『恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)』は見当たらない。また、横溝逝去直後に刊行されたカドカワノベルズ版『死仮面』の装画も未収録である。

 それらの表紙は『公式 角川文庫横溝正史カバー画集』巻末の「書影・データ一覧」で確認できるけれども、1981年の角川文庫キャンペーン用ポスター(映画『悪霊島』のタイアップとして描かれたので、鹿賀丈史の金田一耕助が走るさまが前景に描かれ、後景の女性の顔も岩下志麻に似せている。映画『悪霊島』パンフレットの裏にも一部掲載)などはそこにも載っておらず、巻末の年譜でのみ存在を確認できる。芦辺拓や清涼院流水による横溝正史パスティーシュ小説やオマージュ小説のための装画も年譜のみの言及となっている。

 ……などとついマニアックな指摘をしてしまったが、当初は炎(『八つ墓村』第1ヴァージョン)や顔が花になっている人間(『悪魔が来りて笛を吹く』第1ヴァージョン)など、抽象的なイメージだった杉本の絵が、写実性と幻想性を兼ね備えた画風へと変化してゆくプロセスからは、読者のニーズに応えようとした杉本と角川書店の意識が窺える。また、原画と文庫の表紙になった時とでは色味がやや異なる絵もあり(例えば『夜歩く』第2ヴァージョンは原画のほうが赤紫がかっている)、そのあたりも読者の手元にある文庫と比較すると興味深いのではないか。これらの絵は実際の書籍ではタイトルと組み合わされることで完成したデザインとなるのだが、実は2020年代の復刊の際にタイトルの位置などが変更されたものもあり、そのあたりも巻末の「書影・データ一覧」で確認できるのは至れり尽くせりと言うべきだろう。

 横溝正史と杉本一文。このゴールデンコンビの偉業を手元で確認するために、『杉本一文『装』画集~横溝正史ほか、装画作品のすべて』と『公式 角川文庫横溝正史カバー画集』は揃えて持っておく値打ちがある

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