『ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」』がバズでランクイン SNS時代のヒットの法則とは?

 11月27日のアマゾン売れ筋ランキングで順位が急上昇していたのが、『ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う』(ダイヤモンド社)である。X(旧Twitter)にて本書のことを紹介した投稿が話題となり、2024年に発売された本ながら一時は20位圏内に食い込むほどの動きを見せた。

“バズ”で本が売れる時代へ

 このところ、ネット上でのバズりによって本の売り上げが大きく動くのをよく見かける。書籍の情報が広まる媒体がTikTokやYouTubeのショート動画に移って久しく、反対に従来読まれていた新聞や雑誌の書評欄の影響力は弱まっている。

 その実例として最近話題になったのが、有隣堂のライブ配信での驚異的な売り上げだろう。YouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」とGakkenがコラボしYouTubeライブで実施された、『学研の図鑑LIVE エクストリーム ティラノサウルス』の販売で、わずか10分37秒で4000冊が完売したのである。現在の新刊本の初版部数でも、4000冊はそこそこ大きい数字。それが一気に売り切れるという事態は、多くの人を驚かせた。

 「Xで火がついて、1年以上前に発売されたポピュラー・サイエンス本がランキングを急上昇する」というのも、本の売れ方の変化を象徴する事態であるように思う。現在は、一人の読者のポジティブでユーモラスな投稿が広がることで思っても見ないヒットが出る時代であり、考えようによってはこれまでベストセラーにならなかったような本でも戦える時代になったと言える。SNSと動画配信サイト普及以前のヒットの法則は賞味期限が切れたかもしれないが、裏を返せば偶発的なベストセラーが生まれやすいということでもあり、考えようによっては出版社にとってはチャンスかもしれない。

 もちろん、ヒットするのは内容が充実していればこそである。学研の図鑑にせよ、『動物のひみつ』にせよ、ポピュラー・サイエンス本として強度のある内容だからこそヒットにつながったはずだ。特に本書『動物のひみつ』の濃度は高い。というか、まず本自体が分厚い。全736ページ、本の厚みは4㎝ほどであり、にもかかわらず価格は税込2,200円とこの厚みの本にしては低め。コスパはピカイチである。

 内容についても濃度が濃い。タイトルにある通り、本書は「動物行動学」の世界を一般読者向けに解説したものだ。著者のアシュリー・ウォード氏はシドニー大学で動物行動学を研究する英国出身の教授で、科学雑誌に100以上の論文を発表するなど、動物の行動研究で大きな実績のある人物である。しかし語り口はユーモラスで、イギリス人らしいシニカルな冗談を交えつつ、幅広い動物たちが人間のような社会性を持っていることや、それが動物の行動にいかなる影響を与えているかを紹介している。

 本書で生態が紹介される動物は、とにかく幅広い。「吸血コウモリは血を吸えなかった同族に自分の吸った血を吐き出して分け与えることがある」というエピソードに始まり、南極の海に棲むオキアミから、バッタやシロアリやハチのような群生する昆虫、イトヨやタイセイヨウダラといった群れで生きる魚たち、さらにチームを組んで狩りをする大型肉食哺乳類や人類に近い類人猿に至るまで、「群れで生活する動物たちがとる、社会性のある行動」について、興味深い実態が書かれている。

 出てくる動物の順番は、どうやら「オキアミや昆虫のような人類から遠いもの→類人猿のような人類に近いもの」の順番になっているようで、読み進めれば読み進めるほど人類に近しい動物のエピソードが登場する。とはいえ、それぞれの動物についての解説は独立しているため、順番通りに読み進めなくても大丈夫。「気になった動物のページを読んで『へえ〜』と感心する」という読み方でも、充分楽しく読める内容になっている。

動物と人間の社会性は地続きだった

 様々な動物たちの社会的な生態を知るうちに、動物たちがなぜ社会的生態を持つに至ったかの理由は、ある程度共通していることがわかってくる。どのような環境で生きる生物であっても、「群れで生活する」ことで単純に生存確率を上げることができるのだ。例えば自分には、オキアミは大量に群れて生息するので、南極付近で生きる鯨の主食として一口で何十万匹と食べられるイメージがあった。

 しかし本書を読めばそれほど話は単純ではなく、オキアミが群れの強みを活かして高速移動し、単に海に浮かびながら食べられるのを待っているだけの生き物ではないことがわかってくる。「群れで生活する」「同族間でシグナルを送って情報をやりとりする」ことは過酷な自然界を生き延びて子孫を残すためには極めて重要な戦略であり、そのため多くの生物がこの戦略を採用しているのである。

 群れの強みを活かし、コミュニケーションを取り、高度な社会を築き上げて生きることは、人間の専売特許だと思われがちだ。だが実際には決してそうではなく、多くの動物が様々な方法で「社会」を築いていることを本書で知らされると、果たして人間と社会的動物とを分けるものは一体なんなのか、そんなに明確に人間と動物を分割することはできないのではないか、という気持ちになってくる。

 また本書では、人間の行動によって多くの社会的動物が生存の危機に晒されていることも説明されている。群れで行動することは捕食動物の脅威から身を守ることにつながるが、人間が「群れごと全部捕獲する」「生活圏ごと環境を変化させる」という行動をとった結果、巨大な群れを組織することで生きてきた生物たちが数を減らしてしまった。数十キロの範囲で固まって移動するタイセイヨウダラの群れは肉食の魚に対しては対抗できたが、群れごと一気に網ですくいあげてしまうトロール船にはなす術がないのだ。

 人間がそういった行動を取れるようになったのも、人間が社会性を持ち他の動物とは異なる生存・捕食の戦略をとるようになったからでもある。してみると動物の社会性とはなんなのか。人間という動物の社会性の強さによって生態系が破壊されるのならば、本末転倒ではないか……。本書を読み進めるうちに、そんな疑問も湧いてきた。

 とはいえ、決して重たい読み口の本ではなく、著者の語り口は前述のように軽め。そしてこの質と量の動物に関する読み物が、2,200円で手に入るというのも破格だ。気になるところを読み進めて、知ったことを誰か人に教えたくなること請け合い。なるほど、強度のあるベストセラーだからこそ、SNSでもあれだけ話題になったのだな……と納得した次第である。

■書誌情報
『ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う』
著者:アシュリー・ウォード
翻訳:夏目大
価格:2,200円
発売日:2024年3月27日
出版社:ダイヤモンド社

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