暴露系、心霊系、考察系……ネット配信者たちの欲望の果てにあるものは? 『この配信は終了しました』クロスレビュー

 2022年に刊行された『バールの正しい使い方』(徳間書店)が各方面で高く評価された大藪春彦新人賞受賞作家・青山雪平。新刊『この配信は終了しました』(双葉社)は、ネット配信者たちの姿を描いた連作ミステリーだ。新たな才能として注目を集める著者の新刊を、書評家たちはどう読んだのか。5名の書評家によるクロスレビューをお届けする。

杉江松恋:現代の犯罪小説はこういう形をしている

 新しい器に注がれた、懐かしい味わいの酒。

 青山雪平『この配信は終了しました』を読んで、そんな印象を受けた。

 題名からわかるように、動画配信者を軸にした連作短編集である。各話に「暴露系」「心霊系」「考察系」「救済系」「正義系」の題名が付けられている。

「心霊系」は、S市の旧K邸という廃墟に駆け出し配信者の〈センパイ〉と〈おれ〉がやってくることから始まる。〈センパイ〉は大学からドロップアウトしかけた後で、人生を一発逆転させようと考えて心霊系の配信者になったのである。その秘策が、ワタベスベルという有名配信者のフェイク動画に便乗することだった。

 フェイクや切り取り、あえて行う感情の逆撫でといった演出は、動画配信における麻薬のような技巧だ。そこにはまった配信者たちは、視聴者を挑発しているつもりで、自分の中にある暗い一面を増幅していくことになる。その負性を描くことが本作の主題なのである。第一話「暴露系」では配信の主導権を巡る心理戦が描かれる。プロットだけを見れば、昔懐かしいコンゲームの味わいである。小道具は最新のものだが、中にあるのは古典的なプロットなのだ。現代の犯罪小説はこういう形をしている。

朝宮運河:虚実入り乱れる新しい形の社会像

 YouTubeのホーム画面に並ぶいくつものサムネイル。そこにアップされている無数の動動にはそれぞれ配信者がいて、撮影の裏側には私たちの知らない人間模様がある。そう思うと不思議な気がしてくる。ミステリの新鋭・青本雪平が新作で注目したのは、この動画配信者の世界である。インフルエンサーと無名の配信者が、同じプラットフォームを共有する動画配信サイト。そこはリアルでは関わり合うことのない人々が交流し、さまざまな欲望が交錯する、新しい形の社会であり、世間である。

 他人の罪を暴く兄弟配信者にある情報がもたらされる「暴露系」、心霊スポットでの撮影がぞっとするような事態を招く「心霊系」、配信者たちの推理合戦ならぬ考察合戦が見物の「考察系」、繁華街に現れる救済者を描いた「救済系」、私人逮捕で人気を集める配信者の素顔に迫る最終話「正義系」。それぞれ読み味の異なる5話は、いずれも意外な結末を含んでいて、結末の1行まで油断できない。面白いのは現代の複雑さをそのまま体現したかのような物語空間に、ホラーの要素が自然に入り込んでいること。虚実入り乱れる動画配信の世界には、人ならざるものも潜んでいてもおかしくはない。そう思わされるほど、この新しい社会は広大で、底が知れない。

タニグチリウイチ:良くも悪くも配信への認識を深める短編たち

 ヤバい手を使ってでもバズる情報を確保しよう。人気配信者をハメて引きずり下ろして自分たちが上にいこう。「暴露系」という短編からは、そんな欲望まみれの配信者たちの意識につけ込む誘いにうっかり乗ると、破滅が待ち受けているというスリリングな界隈の状況が伺える。

 「心霊系」では廃墟の探索で名を上げた配信者やその信奉者たちをまとめてハメようとする企みが巡らされる。「考察系」ではひとりの考察系配信者が自殺した謎に、他の考察系配信者たちが挑む推理ドラマに綴り手の正体という要素が加わって、人間の情念を感じ取らせる。

 露悪が過ぎるとか金儲けに走り過ぎるといったネット配信のヤバいイメージを捉え、配信という界隈に集まる人たちの心情や生態をミステリ的なストーリーに載せて描いた連作短編が、目下大隆盛の行為であり最先端のメディアである配信への認識を、良くも悪くも深めてくれる。

 どちらかといえばヤバさが上回る中で、「救済系」だけは苦しさが先に立つ。繁華街に集まる少年少女を救う活動を続けていた男性が自殺したらしいことを知る展開から、家出してきたひとりの少女に何が起こっていたかが明らかにされていく。思いやりの深い人間が迷った挙げ句にたどり着いた寂しい場所に涙し、心底からの「救済系」配信とは何かを考えたくなった。

SYO:配信者の生態を解像度高く描写している

 配信者――ネットの隆盛ともに発達したまだ若い生業。その特徴は「近くて、すごい」にあるのではないか。我々が暮らす市井から駆け上がった庶民性――スタートが同じという気安さを持ち合わせながらも、トークや気概などの“魅せる”一芸で大衆を魅了するギャップを備える彼ら。我々はそんな配信者に熱狂する裏で、近いがゆえに時として嫉妬し、隙を探しては“裏の顔”を期待してしまう……。

 青本雪平が動画配信をテーマにした5篇からなる連作短編集『この配信は終了しました』は、そうした視聴者の仄暗い願望を見透かすように配信者の生態を解像度高く描写している。「勝ったもん勝ち」の世界で生じる数字への執着や恐怖、揺らぐ品性などのドキュメント性を担保しつつも、小説というメディアの特性を活かした叙述トリックや“信頼できない語り手”といった手法を織り交ぜてどんでん返しエンタメとして読ませてしまう手腕は流石。かつ各ジャンルに合わせてテイストを変化させており、「暴露系」はハードボイルド風に、「考察系」はゴシックミステリー調に……といった世界観も楽しませてくれる。それでいて「読む」よりもスマホ越しに「覗く」ような隔絶――第四の壁を意識した距離感がそこはかとなく感じられ、消費文化のエグ味も含有。テーマに最適化した文体=仕様にも注目したい。

南 明歩:好奇心と欲望にまみれた、一人の視聴者として

 有名配信者の過去を暴こうとする「暴露系」、心霊スポットに集められた配信者が奇妙な事件に巻き込まれる「心霊系」、配信者の不審死の真相を解き明かす「考察系」――。ネット配信をテーマにした5つの短編を収めた『この配信は終了しました』(青本雪平/双葉社)は、約300ページとコンパクトながら、読み終えたときには重たく苦い余韻が残る一冊だ。洗練された筆致でスムーズに読み進められる反面、その先には胸の奥に響く鈍い痛みが待っている。

 視聴者の関心を集めることに命を削る配信者たちは、数字を追い求め、周囲を利用し、ときには他人の過去や死をも“ネタ”にする。その姿に滲むのは、人間の業の深さそのものだ。しかし、物語の中には巧妙なトリックもふんだんに仕掛けられている。読み進めるうちに辿りつく一行が、それまでの認識を鮮やかに覆すのだ。それも何度も。生まれながらの悪人にしか見えなかった人物の残酷な過去。無垢な少女がついた優しい嘘。衝撃的な真実に気づく度、読者はついページを遡ってしまう。そのスピード感と緊張感は、本作の醍醐味と言えるだろう。

 本作に登場する配信者たちは、決して善人ではない。それでも――いや、だからこそ、ページをめくる手は止まらない。そんな私たちもまた、彼らと同じ場所にいるのだろう。好奇心と欲望にまみれた、一人の視聴者として。

■書誌情報
『この配信は終了しました』
著者:青本雪平
価格:1,870円
発売日:2025年5月21日
出版社:双葉社

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