夢枕獏『キマイラ』シリーズは本当に完結したのか? 『聖獣変』に描かれなかった物語への期待
いきなり時間が飛んでしまうのだ。そこでは、真壁雲斎のところを尋ねた三蔵が20代後半になっていて、16年前のモデルだという1989年式のハーレーダビッドソンに乗っている。そして三蔵は、アメリカのある団体から招待されてニューヨークに行き、そこで4年前に起こった大事件の最中に、不思議な出来事が起こっていたことを知る。その謎を追い求める九十九三蔵の探索が始まり、やがてひとつの再会を果たす。
菊地もすっかり大人になっていて、高校生くらいの男子が揉めている現場に現れ、ある場所にまつわる噂を聞き出そうとした流れから、かつて挑んで敗れたことがある男と再会する。そこから共に遠くブラジルへと飛んでいく。
つまり、『聖獣変』は『幻獣少年キマイラ』から始まった大鳳の探求が終わり、九鬼零一の研鑽に終止符が打たれ、三蔵や菊地や深雪といった登場人物たちの物語がいったん幕を閉じてから時を経て、それぞれが今いったい何をしているのかを描いたエピローグのようなものだと言えるかもしれない。本来の物語の“完結”は、『呪殺変』を経てさらに続く執筆の中で紡がれた先に描かれる。それを読んで初めて読者は、物語のフィナーレを目の当たりにすることになるだろう。
『聖獣変』は、登場人物たちの誰かが死んだり消えたりしないで終わりそうだというひとつの確信を与えてくれる。加えるなら、キマイラという異形の存在が日本のみならず世界中に存在していて、人類の神話や歴史や文化にさまざまな影響を与えてきたことを確認できる。その意味では重要な1冊だ。
ただし、「キマイラ」シリーズを終わらせるものではない。『聖獣変』の世界へと繋がる読者にとって真の大団円が描かれるまで、読者はそれを見守り続けるだけだ。大病を患って命の危険を感じた夢枕獏が、未完のままで物語が終わるのは読者に申し訳ないと、先に書き上げていたラストを出してくれた。そうした背景を持つ関係から、本当の“完結”までの物語がたどり着けるかは未知数だ。それでも、今はかなうことを願うしかない。
そして、かないさえすれば完結編の世界にそのまま繋がらない物語が生まれてしまう可能性もある。まったく別の物語が紡がれ、そしてさらに先に物語が紡がれる可能性も。
1986年に書かれた『キマイラ神話変 序曲』に紡がれた、さらに時代を経たか世界を違えたかした物語の先に訪れるビジョンこそが、本当の完結編になるかもしれない。『聖獣変』の巻末に会えてこの1編を入れたことで、道は1本ではないしどこまでも続いているのだと示そうとしたのかもしれない。
ひとまず未来を確認できた。けれども唯一にして絶対の未来ではないことも感じ取れた。あとは夢枕獏の健康を願いながら見守るだけだ。原稿用紙に刻まれる言葉が、叫びが、物語が、世界がどのように続いていくのかを。
この物語は絶対に面白いのだという確信を抱いて。