連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年11月のベスト国内ミステリ小説
藤田香織の一冊:柳広司『パンとペンの事件簿』(幻冬舎)
「文は、売るものではないと思います」。視察に訪れた工場主に待遇の改善を求めようとしたところ、痛めつけられた“ぼく”。目を覚ますと、そこは銀座にある「売文社」の事務所だった。慶弔文や手紙の代筆、談話演説の速記写字。出版印刷代理に各種原稿、新聞雑誌の記事の立案添削、外国語の翻訳まで、文章に関する依頼なら何でも引き受け、「ペンを以てパンを求める」売文社は、社会主義者の巣窟でもあった。持ち込まれる謎と事件を、「売文社一味」が解決に動く姿を目の当たりにし、社会を、世界を知っていく“ぼく”の姿が読ませる。しみじみ巧い!
酒井貞道の一冊:久住四季『神様の次くらいに』(創元推理文庫)
《日常の謎》にも色々あるが、ほぼノンシリーズの本短篇集は最もオーソドックスな形態をとる。もちろん人は死なない。悪意や狂気は渦巻かない。運命・宿業の影は薄い。話が終われば登場人物はきっちり日常に帰還していく。でも何かはちょっと変わる。お洒落。一方で、申し訳程度の推理要素を煮え切らないライトな普通小説に添えた、なんちゃってミステリとはかけ離れており、丁寧に誂えらえた魅力的なバリエーション豊かな謎を、がっつり本格的に謎解きしていくのである。ギャグも随所で決まり、読み味は軽快。こういうの意外と希少よ。
杉江松恋の一冊:矢樹純『血腐れ』(新潮文庫)
自分で解説を書いているのだが、これを挙げるしかない。不快と恐怖という題材が共通した連作短篇集で、用いられている技巧・プロットが各篇で異なり、読み味がまったく重ならない点に感心させられた。作者は生理感覚に訴えかけてくる描写を得意としていたので、いつかはこうしたホラーとミステリーの興趣を兼ね備えた作品を書くだろうという予感があったが、こちらの期待を遥かに上回る良作になった。読んでいるとぞわりぞわりと背筋をくすぐるものがあり、それが最後に驚きとなって心を鷲掴んでくる。ここまで上手い短篇作家になったか。
▪️リアルサウンド認定2024年度ミステリーベスト10選定のお知らせ
警察小説のシリーズ最新刊にデビュー作から二十四年ぶりの第二長篇、一人の作家がホラー趣味を前面に出した作品を二冊、過去に題材を採ったものと日常の謎の連作集と、バラエティに富んだ顔ぶれとなりました。これにて今年の更新はおしまいですが、年末には恒例の、リアルサウンド認定国内・翻訳ミステリーベスト10選定会議もあります。選者は、国内編が千街晶之・若林踏・杉江松恋、翻訳篇が川出正樹・酒井貞道・杉江松恋です。以下に候補作を挙げておきますので、どうぞご期待ください。年末年始にかけて結果は公開されます。
【国内編】作品名五十音順
『明智恭介の奔走』今村昌弘(東京創元社)
『永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした』南海遊(星海社FICTIONS)
『了巷説百物語』京極夏彦(KADOKAWA)
『彼女が探偵でなければ』逸木裕(KADOKAWA)
『虚史のリズム』奥泉光(集英社)
『地雷グリコ』青崎有吾(KADOKAWA)
『それは令和のことでした、』歌野晶午(祥伝社)
『探偵は御簾の中 同じ心にあらずとも』汀こるもの(講談社タイガ)
『日本扇の謎』有栖川有栖(講談社)
『バーニング・ダンサー』阿津川辰海(KADOKAWA)
『伯爵と三つの棺』潮谷験(講談社)
『春のたましい 神祓いの記』黒木あるじ(光文社)
『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美(新潮文庫)
『ぼくは化け物きみは怪物』白井智之(光文社)
『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』斜線堂有紀(双葉社)
『密室偏愛時代の殺人 閉ざされた村と八つのトリック』鴨崎暖炉(宝島社文庫)
『乱歩殺人事件 「悪霊」ふたたび』芦辺拓・江戸川乱歩(KADOKAWA)
『六色の蛹』櫻田智也(東京創元社)
【翻訳篇】作品名五十音順
『悪なき殺人』コラン・ニエル/田中裕子訳(新潮文庫)
『エイレングラフ弁護士の事件簿』ローレンス・ブロック/田口俊樹訳(文春文庫)
『グッド・バッド・ガール』アリス・フィーニー/越智睦(創元推理文庫)
『死はすぐそばに』アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳(創元推理文庫)
『白薔薇殺人事件』クリスティン・ペリン/上條ひろみ訳(創元推理文庫)
『精霊を統べる者』P・ジェリ・クラーク/鍛冶靖子訳(東京創元社)
『大仏ホテルの幽霊』カン・ファギル/小山内園子訳(白水社)
『魂に秩序を』マット・ラフ/浜野アキオ訳(新潮文庫)
『終の市』ドン・ウィンズロウ/田口俊樹訳(ハーパーBOOKS)
『テラ・アルタの憎悪』ハビエル・セルカス/白川貴子訳(ハヤカワ・ミステリ)
『ビリー・サマーズ』スティーヴン・キング/白石朗訳(文藝春秋)
『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』ベンジャミン・スティーヴンソン/富永和子訳(ハーパーBOOKS)
『ボタニストの殺人』M・W・クレイヴン/東野さやか訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『ほんとうの名前は教えない』アシュリイ・エルストン/法村里絵訳(創元推理文庫)
『魔女の檻』ジェローム・ルブリ/坂田雪子監訳・青木智美訳(文春文庫)
『身代りの女』シャロン・ボルトン/川副智子訳(新潮文庫)
『喪服の似合う少女』陸秋槎/大久保洋子訳(ハヤカワ・ミステリ)
『両京十五日』馬伯庸/齋藤正高・泊功訳(ハヤカワ・ミステリ)