連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年9月のベスト国内ミステリ小説

酒井貞道の一冊:辻堂ゆめ『ダブルマザー』(幻冬舎)

 超変則的なバディものである。一週間前に電車に轢かれて亡くなった娘の母親と、
同じく一週間前から失踪した娘の母親。友人関係にあったというこの二人の娘が同一
人物だったと疑わせる事態が生じ、母親二人は協力して調査を始める。経済力が段違
い、しかもいずれの家庭も家族関係が歪で、二人の母は、お互いを色眼鏡で見て、反
感を抱く。だが調査の過程でお互い想いをぶつけ合い、独特の関係性が築かれていく
のである。そして真相! 詳述しないが、デウス・エクス・マキナという言葉が思い
浮かんだ。この人工臭こそミステリの醍醐味だ。

藤田香織の一冊:榎本憲男『エアー3.0』(小学館)

 驚異的人工知能「エアー」によって生み出された金を元に、福島の帰宅困難区域に特別自治区を建設した財団法人「まほろば」。代表の中谷祐貴は、デジタル通貨「カンロ」を自治区に流通させるが、「資本主義をやり直す」と公言し、カナダ、中国、ロシアへと単身乗り込んでいく。といった説明なんてしている場合じゃない。読みながらこれはもう絵空事ではないのでは? と気持ちが焦る。描かれていることを噛み砕いて消化したくて、榎本憲男の著作を全部読み返してしまった。え?なんか凄い! と叫びたいのに「なんか」としか言えず、震える。ひぃー!

杉江松恋の一冊:逸木裕『彼女が探偵でなければ』(角川書店)

 私立探偵森田みどりシリーズの第2短篇集である。収録作のうち「陸橋の向こう側」「時の子」はいずれもその年に書かれたミステリー短篇のベストと言っていい作品で、物語の情動と謎の関心が見事に合致している。『五つの季節に探偵は』よりも収録作の水準は高く、昨年末の長篇『四重奏』も含め最近の成長には驚くべきものがある。「風の中に手を突っ込んで、そこから抜け出したような」とか表現が感覚的で鋭いことにも関心させられる。もはやジャンルを超え、広く読者層を獲得すべき高みに到達したのではないか。大きい賞を獲れ、逸木。

 名手の連作短篇集に人気が集中した感がありますが、その他はかなりばらけました。普通小説に近い犯罪小説から情報豊かなサスペンス、奇想の短篇集に家族の物語と、このジャンルの多彩さがわかります。次月も楽しみになってきました。

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