北海道の鉄道、なぜ多数が廃線に? 作家・小牟田哲彦に聞く、戦後日本交通史

北海道の鉄道、なぜ多数が廃線に?

――80年代に入ると国鉄民営化に向けた議論が加速し、1981(昭和56)年にはバス転換が妥当な路線として「特定地方交通線」が選ばれています。かくして、80年代は一気に廃線が進みましたが、北海道を見ると失われた路線があまりに多くて衝撃的です。

昭和58年(1983)〜平成2年(1990)4月1日の北海道の廃線。(『日本鉄道廃線史』より)

小牟田:北海道では沿岸の路線はほとんどなくなってしまい、今では魚の背骨だけのような状態になってしまいました。今年も根室本線の一部が廃線になり、道東に向かうルートがまた一つ減りましたね。かつては道内の隅々まで広域ネットワークが形成できていたことを思うと、寂しい限りです。

令和6年(2024)4月1日現在の北海道の鉄道路線。(『日本鉄道廃線史』より)

――北海道で象徴的なのは、1989(平成元)年に廃止された名寄本線など、“本線”と名の付く路線までもが次々になくなっている点です。

小牟田:北海道の場合、開拓のためにもともと人がいないところに鉄道を建設したため、旅客営業だけで収支を賄うのはそもそも困難でした。田中角栄も「北海道の民営化は無理」と言っていたはずです。事実、冬には雪が毎日のように降り、除雪が必要なのは大きなハンデですから、北海道単体では構造的に黒字化は難しいと思います。

――確かに、北海道の気候条件は鉄道にとって圧倒的に不利ですね。

小牟田:さらに、民営化の際に貨物と旅客を分けたのも痛かったはず。鉄道事業は、旅客で収益を得られるのは都市部と新幹線だけだと思うんですよ。旅客営業の赤字を貨物の大量輸送で補う構造を切り離したら、北海道の鉄道の存続が厳しくなるのは必然でしょう。

――北海道にとって、貨物輸送は特産品の農産物を各地に運ぶために重要な存在です。

小牟田:そのうえ、北海道はロシアと接しているという地域的な問題もあります。戦前、北海道の鉄道は国防の要素も大きかったと思うのです。戦後に入るとそういった面が忘れ去られつつありますが、JR九州の初代社長だった石井幸孝氏は、2022(令和4)年に出された著書『国鉄―「日本最大の企業」の栄光と崩壊』(中公新書)の中で、北方四線、すなわち根室本線、石北本線、釧網本線、宗谷本線は、仮にお客さんが乗らなくなっても「国策上絶対に廃止してはいけない」と言っています。この言葉には強い意志を感じますし、実際正しいと思うんですよ。

只見線はなぜ復活できた?

――昭和末期、民営化の際に廃線を免れた路線も、平成以降に災害がきっかけで廃線になる例が目立っています。地域の反発が大きいと思いきや、最近ではどこか諦めムードが漂っていると感じられるのはなぜでしょうか。

小牟田:地元の人たちは、どんなに閑散路線であっても積極的になくしていいとは言わないとは思うんですよ。日常的に動いていた公共交通機関は、いわば既得権のようなものですからね。札沼線の末端区間の浦臼駅~新十津川駅間も1日わずか1往復しかなかったのに、地元では存続に向けた協議会が設けられましたから。この区間、私は3回乗りましたが、鉄道ファン以外乗っているのを見たことがなかったのですが……。

豊ヶ岡駅に到着したディーゼルカー。(『日本鉄道廃線史』より)
上とほぼ同じ位置から撮影(令和4年)。ホームや線路は廃線直後の状態で放置されている。(『日本鉄道廃線史』より)

――国鉄民営化を経て、国の営業ではなくなったことも影響していそうですね。

小牟田:そうですね。赤字路線を維持すれば会社が潰れると言われたら、民営会社だから利益を考えるのは当然ですよね、という話になってしまいます。鉄道を廃線にするのは一筋縄ではいかなかったのですが、2000(平成12)年に廃線の手続きが許可制から届出制に変わってからは以前に比べると廃止しやすくなりましたし、廃止後に問題が起きている地域はほとんどない。そこで、最近では災害が起こると、「復旧するにはお金がかかりすぎる」という理由で廃線を選択するための絶好機であるかのような議論が起こってしまうのでしょう。

――被災を経て廃線になる路線もあれば、復活する路線もあります。全国屈指の秘境路線である只見線が、2022(令和4)年に全線で運転を再開したのは記憶に新しいですね。

小牟田:福島県が線路などの鉄道施設を買い取り、JR東日本は運行のみを行うという上下分離方式で復旧を行い、JR東日本がそれほど大きな損が出ないようにしたのです。只見線は被災区間が幸いにも福島県内だけだったので、地元の判断で残せたのだと思います。県では何十億と投資するだけの利益があると判断したのでしょう。しかし、全員が賛成したわけではありません。廃止を進めようとする人も多く、監査報告書に「只見線を残すのは共同幻想にすぎない」と書かれたほどでした。

――そんな只見線ですが、復活後に賑わいを見せているようですね。

小牟田:私は復活直後に乗りに行きましたが、凄かったですよ。平日なのに2両編成ではキャパシティの限界と言っていいほどで、山手線並みの混雑でした。楽しみに行ったはずなのに、疲れに行ったんじゃないかと思ったほどです(笑)。最近では沿線の絶景がSNSでバズったりしていますね。とはいえ、全国屈指の閑散路線であることには変わりなく、復旧の判断が10年後どう評価されるのかはわかりません。むしろこれからが正念場だと思います。

第五只見川橋梁を渡るディーゼルカー。平成23年7月の豪雨災害で橋梁の会津川口側(右側)の一部が川の氾濫により流失した。(『日本鉄道廃線史』より)

平成、令和の時代に進む廃線

――2000年以降、ローカル線の存廃の議論が国鉄時代並みに盛んになってきました。自社の努力だけでは維持できない路線を明示する鉄道会社も出てきています。

小牟田:それはJR北海道が言い始めたと思いますが、コロナ禍の後、他社も追従しています。JR各社が直面する問題は経営以上の赤字だけではありません。明治以来建設されてきた橋やトンネルなどの老朽化が深刻化しており、更新をしなければいけない時期なのです。そんなときに、赤字路線を巨額の費用を投じてまで維持する意味があるのか、考え始めたのだと思います。

――JRは民間企業ですから、そうした議論が起こるのは必然ですね。

小牟田:間もなく、JRの歴史が国鉄よりも長くなります。国鉄時代は、鉄道は公営の財産であり、採算性は無視できないものの、それよりも移動する権利のほうが大事だという意識が人々の間でも強かったと思います。しかし、民営化後、鉄道は鉄道会社のものだという意識が広がりました。鉄道に乗らずに生活できる人も増えていますから、国の補助金をつぎ込んで維持するのも反対、という人も増えています。

――北海道新幹線が開通する前に、函館本線の長万部駅~小樽駅間、いわゆる山線が廃線になる可能性が出ていることにも驚いています。

小牟田:衝撃的ですよね。ただ、本当に廃止になるのか、日本の鉄道は今までにも政治によって存廃が二転三転してきた歴史があるので、たとえば北海道知事が変わったらわかりませんし、国レベルでの新たな判断がなされるかもしれません。その間に社会情勢が変わり、バスの運転手がいなくなってしまうかもしれませんからね。特に余市駅~小樽駅の区間は非常に利用者が多いですから、バス転換すべきかどうか、議論が紛糾しています。

広域ネットワークの維持が大切だ

――函館本線は北海道の鉄道の歴史を語るうえでも重要な路線ですし、廃線にしていいものなのでしょうか。

小牟田:現在、函館と札幌を結ぶ特急は、長万部駅から室蘭本線経由で運行されていますが、途中に活火山の有珠山があります。函館本線の山線は、2000(平成12)年の有珠山噴火の際には迂回路として役立っています。北海道と本州の物流にも影響が出る可能性があります。そうした広域ネットワークが分断されかねない議論を、沿線自治体だけで判断すべきではないと私は思いますね。トラックやバスの運転手は、いわゆる2024年問題でさらに不足すると予想されています。線路を一度はがすと復活には困難が伴いますから、廃止ではなくいったん休止にするとか、観光専用路線に転用するなどの道を探りながら、できる限り維持するのが得策だと思います。

――おっしゃるとおりですね。

小牟田:今の日本には、国として鉄道はこうあるべきだ、交通ネットワークはこうあるべきだという方針が欠如しているように思います。分割民営化は良かった面もたくさんあり、鉄道会社は地域密着型になりましたが、目の前の採算に関心が移ってしまいました。

――有珠山噴火の話が出ましたが、日本は災害が多いからこそ、広域ネットワークを維持する大事さを痛感します。

小牟田:広域ネットワークの考え方は、2011(平成23)年の東日本大震災の時も注目されました。東北本線が被災したため、羽越本線を経由して青森方面に向かう列車が運行されたことがあります。迂回できるのはひとえに線路があるからです。普段は閑散としている路線でも、非常時に役立つ可能性がある。社会資本の価値を平時の経済性のみで判断するような考え方によってそうした路線を断ち切ってしまうのだとしたら、それは国土全体の交通ネットワークの充実を図るという観点からはマイナスではないでしょうか。こうした判断を自治体や鉄道会社任せにするのではなく、国土交通省なりが日本国土にどんなネットワークを形成するのかという全体像がなければいけません。そうした展望をもとに、自治体が判断するルールがあってしかるべきだと思います。

■書籍情報
『日本鉄道廃線史-消えた鉄路の跡を行く』
著者:小牟田 哲彦
価格:1155円
発売日:2024年6月19日
出版社:中央公論新社

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