連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年5月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は五月刊の作品から。

千街晶之の一冊:深水黎一郎『真贋』(星海社FICTIONS)

 小説家はたとえ自分の専門領域ではなくても、取材と勉強によって知識を自らのものとし、作品に活かす。とはいえ、にわか勉強では決して書けないタイプの小説というものもあり、深水黎一郎の『真贋』がそれに該当する。警視庁に新設された「美術犯罪課」の課長代理·森越歩未は、名家の西洋画コレクションにまつわる脱税疑惑と、描かれた女性が歳をとってゆく日本画の謎に立ち向かう。これまでも優れた芸術ミステリを発表してきた深水黎一郎ならではの、美術全般に関する博覧強記と、その知識がなければ生まれない大胆な発想が特色の逸品だ。

若林踏の一冊:櫻田智也『六色の蛹』(東京創元社)

 昆虫好きの青年・魞沢泉が探偵役を務めるシリーズの第三短編集である。些細な手掛かりから展開する鮮やかな推理はもちろん、謎解きによって事件関係者の内面が大きく変化し、それが余韻たっぷりの幕切れへと繋がる流れが見事だ。連作集としての構成も美しい。掉尾を飾る「緑の再会」で本書全体が綺麗な纏まりを見せて、繊細な優しさを持つ名探偵の存在が鮮烈に浮かび上がるのだ。「泡坂妻夫の〈亜愛一郎〉シリーズに連なる、とぼけた感じの探偵が活躍する連作」という初期の印象から離れ、独自の魅力がいっそう増したことを寿ぎたい。

野村ななみの一冊:大山誠一郎『にわか名探偵 ワトソン力』(光文社)

 周囲の人間の推理力を飛躍的に高める「ワトソン力」を持つ刑事·和戸が主人公の連作短編シリーズ第二弾である。前作を未読でも問題ないが、既読の方は本作のタイトルを見て思わず笑みが浮かんだのではないだろうか。収録作は7話で、今回も和戸の能力は顕在。ヤクザの事務所やローカル電車内、MRゲーム会場などで、ワトソン力に影響された〝にわか〟名探偵たちが笑いあり驚きありの推理合戦を行う。各話短いながら、二転三転する謎解きは技アリで楽しい。自らではなく周囲を名探偵にしてしまう助手、やはり唯一無二の存在である。

橋本輝幸の一冊:櫻田智也『六色の蛹』(東京創元社)

 昆虫好きのひょうひょうとした男が偶然遭遇した事件を解決していく。魞沢泉シリーズの三作目である。叙情性、文章、謎解きの納得感、どれもぬかりなく粒ぞろいの短編集だ。過去作を読まず、いきなり本書を読んでも問題ない。

 収録六編のうち半分は書き下ろしだ。巻頭の「白が揺れた」の後日談「黄色い山」は残った謎の真相を丹念に解き明かし、登場人物に深みを与える。最後の掌編「緑の再会」によって後味は優しく仕上げられている。人間同士の交流と謎解きをとことん堪能できる本書は、ミステリ初心者も愛好家も楽しめるだろう。

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