湊かなえ、作家生活15年目の到達点 「『告白』ぶりに、自分が読みたいものを思う存分書けた」

極上の満足感を得られる時間を提供したい

ーー書き終えてみて、いかがですか?

湊かなえ:『告白』ぶりに、自分が読みたいものを思う存分書けたのが、ものすごく嬉しいです。どんなにテーマが重くて、読んでいるあいだはしんどい気持ちにさせられたとしても、読み終えたあとは「ああ、おもしろかった!」と極上の満足感を得られる時間を提供したい。何より自分自身が、江戸川乱歩などの作品に夢中になったあの時間にたちかえりたい、と思っていたので。

ーーちなみに乱歩のどんなところがお好きだったんですか?

湊かなえ:日常と地続きなのにどこか幻想的なところかな。アンソロジーを編ませていただいた『江戸川乱歩傑作選 鏡』のあとがきでも書いたのですが、昔は放課後も小学校の校庭が解放されていて、いったん家に帰ったあとひとりで遊びに行ったりしていたんです。そこにときどき、大人が一人でやってきて、ブランコに乗って遊んだりしていた。一緒にキャッチボールをしたこともあります。今だったら考えられない話ですし、ときどき、あれは本当にあったことなんだろうかと考えるんです。いくら昔の話だからといって、大人が一人で放課後の校庭で遊んでいるなんてことある?と……。そういう、現実と幻想のあわいみたいな夕方の一瞬が、乱歩の世界には満ちていて、それを味わいたくて私は小説を読むのだと思います。そして無意識に影響を受けている乱歩のような世界観を、私の本を読んでくれた方にも味わっていただけたらなあ、と。

ーー今作の執筆期間中、寝言で「内臓が出てきた!」などとつぶやかれていたと聞きました。これまでにない残虐性の強い作品だからこそ、きつい部分もあったのでは?

湊かなえ:そうですね。アートとしてどう表現するかを考えているときは楽しかったんです。蝶と少年の特性をどう重ね合わせて、どんな装飾をほどこすのか、構想するのは楽しかった。でも、実際に人間を解体すれば内臓が出てきて、処理をどうするかを考えなければいけないんですよね。この体勢で横たわらせるには右足をこうして……なんて自分でポーズをとりながら試しているときは、さすがに「私は何をやっているんだろう」と我に返りました。

ーーちょっと想像するとかわいらしいです(笑)。

湊かなえ:難しいのが、そうした構想って、小説として書く前にメモをしたとたん、忘れてしまうんですよ。もやもやした状態で、書きたいものと違う言葉で残してしまうと、イメージが消えてしまう。だから執筆するそのときまでは脳内にとどめておくしかなくて、ごはんを食べてもお風呂を食べてもずっと考え続けていたことが、寝言に出てしまったんだと思います。それはきついといえばきつかったけど、新鮮で楽しいことも多かったですね。

ーー今作のように、今後も取材して書きたいお気持ちはありますか?

湊かなえ:そうですね。たしかに蝶のことは何も知らなかったし、これまででいちばん参考文献が多いんですけど、決して珍しくて縁遠いものをとりあげたわけじゃない。生まれたときから、あたりまえのようにこの世界にあって触れてきたものに、改めて出会い直したという感覚なんです。そんなふうに、目に見えているのに興味を持とうとすらしらなかったものは、他にもたくさんあるはず。あえて取材して書こうとは思わないけれど、まだまだおもしろい題材は身近にたくさん潜んでいることが知れたので、幅広く興味をもって書いていきたいです。

■書籍情報
『人間標本』
著者:湊かなえ
価格:1,870円
発売日:2023年12月13日
出版社:KADOKAWA

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