連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年12月のベスト国内ミステリ小説

酒井貞道の一冊:逸木裕『四重奏』(光文社)

 才能豊かで天真爛漫、自由そのものにチェロを弾いていた若手チェリスト、故・黛由佳は、なぜ、極端な論理と演奏で楽壇から爪弾きにされている大物チェリスト鵜崎のグループに所属したのか。技術はあるが自分の演奏に身が入らなくなった主人公のチェリスト・坂下英紀がその謎を追う。音楽に真摯に向き合った人間なら恐らく一度は直面する、人間の感情や感性に対する深い疑念が全篇で渦巻いている。でもそれは恐らくは魔境なのである。その証拠に、音楽とその感動とは何かを突き詰めた果てに現れる《真実》は、胸を打つものだ。だが本当に?

藤田香織の一冊:雫井脩介『互換性の王子』(水鈴社)

 必死に努力せずとも29歳で部長職に就いていた中堅飲料メーカーの御曹司・志賀成功が、別荘の地下室に閉じ込められ、半年後に解放されると、自分の席には腹違いの兄である実行が座っていた、という衝撃の入れ替わりから起因するエンタメ作。誰が何の目的で成功を陥れたのか。サスペンスミステリー仕掛けで読者を惹きつけるのだが、そこからの展開が手に汗握るライバル社との情報戦あり、平社員から初めて本気で仕事に挑む成功の奮闘あり、代表取締役社長を務める成功と実行の父・英雄の深い思惑あり、大人のピュアラブありと読ませる。速映像化されそうな予感しかない!

杉江松恋の一冊:真門浩平『バイバイ、サンタクロース~麻坂家の双子探偵~』(光文社)

 麻坂家のふたご兄弟圭司と有人、二人の小学生がさまざまな謎に挑む連作短篇集、というのが外構で、中には足跡密室やらアリバイ崩しやらさまざまな謎解きのパターンが詰め込まれていて、しかもいちいち評論的な言及がある。証拠の検討も、そこに目をつけるのかという視点の冴えがあって楽しく、一話ごとの充実度が半端じゃないのである。探偵をコンビにしたのにも意味があり、圭司の半端じゃないクソガ、いや人の心がわからないお坊ちゃまぶりも各話の主題を浮き彫りにするための作者の工夫である。デビュー作でこれか。恐るべき新人だ。

 2024年最初の監視塔、いかがでしたでしょうか。最初からバラエティ豊かな顔ぶれとなりました。今年もミステリー界は期待できそうです。また来月、このコーナーでお会いしましょう。

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