公務員の陰陽師 × フリーの山伏が怪異事件に挑む オカルトバディ小説『陰陽師と天狗眼』シリーズが面白い

歌峰由子『陰陽師と天狗眼 ―冬山の隠れ鬼―』(ことのは文庫)

 『陰陽師と天狗眼』シリーズの最大の魅力であるキャラクターの造形についてもみていきたい。それぞれに訳ありの過去をもつ美郷と怜路は、出会った当初は互いの事情にあえて立ち入ろうとせず、一定の距離感を保って接していた。ところがある夜、怜路が美郷の中から抜け出した妖魔を目撃したことで、彼がひた隠していた事情に気づいてしまう。

  美郷は四年前に呪術界を騒がせたとある事件の当事者だった。この件が原因で体に白蛇を宿すことになり、それ以後「白太さん」と名付けた蛇との共存を余儀なくされている。怜路が目にした妖魔こそが、その「白太さん」だった。 

  陰陽師としては優秀な美郷だが、私生活では生活力に乏しく、「白太さん」を封じ込めるために出費を余儀なくされて、安い家賃すら滞納しがち。万年金欠状態で怜路に迷惑をかけている。育ちがよく生真面目かつ美貌の持ち主でありながら、暮らしに事欠く貧乏公務員の美郷の姿は、なんともおかしみを誘う。

  美郷の人生を一変させてしまった恐ろしいはずの「白太さん」だが、巻が進むごとに愛嬌が増し本作のマスコットキャラクターとしてのポジションを確立していく。シリアスなストーリーの中に挟まれるユーモラスな描写にも注目したい。また本記事では美郷にフォーカスして物語を紹介してきたが、謎の多い怜路側が抱える事情や真の目的も、第1巻の後半で明かされていく。

歌峰由子『陰陽師と天狗眼ー潮騒の呼び声ー』(ことのは文庫)

  実家とも絶縁状態になった美郷は、呪術者たちの中にいても孤独を感じており、普通の暮らしや人間らしい幸せを諦めながら生きていた。だが巴市で怜路と出会い、自分にはないものを互いに持ち寄って助け合える仲間を得たことで、少しずつ居場所を見出していく。大家と下宿人から始まった二人の関係が、事件を重ねるごとに変化し、相棒としての絆を深めていく様は大きなカタルシスをもたらす。闇とうつし世の境に立つ呪術者同士がみせる強い絆は、バディ小説の醍醐味を感じさせるだろう。

  シリーズは現在第3巻まで刊行されて継続中。第2巻の『陰陽師と天狗眼 ―冬山の隠れ鬼―』では美郷側の家庭の事情が、そして第3巻の『陰陽師と天狗眼 ―潮騒の呼び声―』では怜路の過去が、土地にまつわる怪異とともに掘り下げられている。今後の展開に期待が集まる注目作である。

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