杉江松恋の新鋭作家ハンティング ミステリーを分析、解体、再構成する大滝瓶太『その謎を解いてはいけない』

 私が初めて大滝の名前を意識したのは『小説すばる』誌で連載していた「理系の読み方」というレビューだった。理数系と人文系の本を一冊ずつ取り上げて共通する考え方を紹介するというもので、普段はあまり馴染みのない論理や知識が開陳されることに私は知的興奮を覚えた。連載は約一年で終わってしまったのだが、できればずっと続けてもらいたいと思ったほどだ。第三話を読んで、この連載を思い出したのである。

 前後編になっている第四、五話は小鳥遊唯自身の物語である。彼女がかつて高校生活で体験した小さな謎解きと、連続猫殺害事件とが意外な形で結びつくのだ。この最終話が作品の要になっており、前三話で事件の内外に配置されていた小説の要素が、ここにきて物語の本体を構成する部品として集まってくる。たとえば第二話が小説についての小説であったということが、ここで再利用される。「解いてはいけない謎」という小説全体を貫く言葉も、最終話で再定義されるのである。作者は、小説の前半部はあえて声の調子を上げて書いていたと思われる。同じ言葉でも上ずった声で言われるのと腹の底から出る声で語られるのでは印象が違ってくる。その技巧によって読者の感情を制御しようとしたのである。

 一つの謎について複数の推理が行われる形式を多重解決ものとミステリーでは呼ぶ。最終話にはこの形式を応用した展開もあるのだが、解かれるのは事件ではなく探偵という解釈者が見た世界の謎だ。この複数の語りを行わせるためにキャラクターを配置していたのだな、ということがわかったときは身震いするほどの興奮を覚えた。もちろん魅力的な事件が起こる。なんと密室である、密室。でもその事件に関する推理ではなく、探偵という行為者によって世界がどう変化するかが語られる場面が小説の、真のクライマックスになる。もちろんそのことで探偵も、ミステリーという物語の形式も光輝いて見えるのだ。ミステリーとは物語をどのように行うかという叙述の方式だが、作者はこの技巧に敬意を払っている。

 これはミステリーを分析し、解体した上で自身の書きたい物語のために再構成した小説である。パロディと感じたのはその意味で正しいが、探偵がいないと成立しない小説になっているので本質的にもミステリーである。ミステリー・ファンとして私は、大滝がこうした技巧を用いて最初の長篇を書いてくれたことに感謝する。他にはどのような手札が準備されているのだろうか。ミステリーだろうがSFだろうが、なんでも来いという心境だ。

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