夏の読書感想文にもオススメ! 異色のスパイ×音楽小説『ラブカは静かに弓を持つ』の輝き

 また、樹の心を動かしていく優秀な音楽教師であるだけでなく、ラストチャンスに賭ける29歳の青年でもある浅葉の夢の行方を描いた物語でもある。そして何より、社会人向けの音楽教室で出会った、時に親友のように心を開き、酒を飲み交わす、年の近い教師と生徒の、決して偽りではない「信頼と絆」の物語だ。ページをめくる手が間違いなく止められなくなる終盤、誰もが願わずにいられないだろう。どうか、今後彼らが何の衒いもなく、この楽しい時間を過ごせる日々が訪れますようにと。

 彼が最初に上司・塩坪に呼び出され、任務を告げられる地下室、つまりは深い海の底のような場所から、橘樹のスパイ生活は始まった。不眠症を患い、「深海の悪夢」を見続けてきた彼は、それまでもずっと、過去という深い海の底から這いあがれずにいた。そんな彼が、空高く「飛翔する」かのような演奏をするチェロ講師・浅葉桜太郎に出会い、まさに引っ張り上げられる。明るい方へ、明るい方へと。仲間たちとの交流を通して、彼の日常は次第に、色鮮やかな色彩を纏うようになる。この本は、まるで音楽そのものだ。音楽を聴くように、読みふけらずにはいられない。海の底から、明るい光を、見つめずにはいられない。

 今、「水深1000メートル近くの深海」にいる人に読んでほしい。きっと、その先には、素晴らしい景色が広がっている。

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